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「理不尽」は人を鍛える、「理不尽」はおもしろさでもある



2016年10月24日 公開

平尾誠二(元・ラグビー日本代表監督)

理不尽に耐えられたことが信念となる

長い距離を走ったからといって、ラグビーはちっともうまくならない。限界を超えるまで走ったからといって、スタミナのつき方はそれほど変わらないだろう。その意味では非常に理不尽な練習だといえる。でも、そういう過酷な練習に耐えられたという事実は、その人にとって大きな自信になる。おそらく、山口先生もそうだったと思う。

最近は、練習が妙に科学的になったというか、「何のためにするのか」という目的と合理性を求あるようになっている。もちろん、それは当然で、必要なことではあるけれど、時にはそういうことを無視して、理屈抜きで猛烈な練習をすることも必要だと私は思う。苦しい時やつらい目に遭った時に、こう思えるからだ。

「あれだけきついことに耐えたのだから、絶対に神様はおれを見放さない」
「努力は絶対に嘘をつかない」
「あの時のつらさに比べれば、なんでもない」

自分の限界を超えるような苦しさやつらさを乗り越える体験をすることで、そういう信念というか、哲学か自分のなかに植えつけられるのだ。

同じ言葉であっても、人から言われたり本で読んだりして、知識として知っているのと、自分自身で体得するのとでは、まったく違う。こうした哲学は、理不尽に思える経験をしなければ、なかなか血肉化することはできないものではないかと思う。

その意味でも、理不尽に感じた時は、それをネガティブに考えずにポジティブにとらえることが大切になる。

「今の状況は、自分を強くするための試練なのだ」

そういうふうに気持ちを切り替えることができれば、同じ景色でもまったく違って見えてくるのではないか。

「よし。だったらもう少しがんばって乗り越えていこう。そうすれば、新しい自分に出会えるはずだ」

そんなふうに理不尽を前向きにとらえることができれば、打ち克つ勇気が湧いてくると思うのだ。

 

理不尽だからおもしろい

理不尽を前向きにとらえるためには、そこにおもしろさを感じられるかどうかも大きなポイントになると思う。そう、見方を変えれば、理不尽は「おもしろみ」ととらえることもできるのだ。

その最たるものがラグビーだと私は思っている。ラグビーというスポーツは、基本的には「陣地取り」のゲームといえる。ボールをキープしながら前方に運んでいって、最終的に相手ゴール内にボールを置けば「トライ」となり、得点が入る。

ところが、前に進むことを目指す陣地取りゲームでありながら、ボールを前に放ってはいけないのがラグビーなのだ。後ろにパスをしながら前に進んでいかなければならない。これほど矛盾を抱えているというか、理不尽なことはないだろう。

加えてラグビーは、前にも述べたが、接触が多い格闘技としての面が強いにもかかわらず、柔道やボクシングのようなウェイトによる階級制をとっていない。ラグビー日本代表は、ヨーロッパや南半球では標準の、1メートル90センチ、120キロクラスの大男たちと徒手空拳(としゅくうけん)で戦わなければならない。日本にとって理不尽なのは事実だろう。

じつは、ラグビーにかぎらず、ほとんどのスポーツには理不尽がつきものだ。なかでもサッカーとかゴルフとかテニスとか、イギリスで生まれたスポーツにその傾向が強い。

サッカーは得点を奪うことが目的なのに、人間の最大の武器といえる手を使うことを禁じているし、オフサイドというルールをつくったり、ゴールキーパーを置いたりして、得点することをさらに難しくしている。ゴルフはもともと狙う穴が小さいうえに、わざわざ草むらや砂場や池や林をつくり、さらにグリーンに微妙なアンジュレーション(起伏)をつけるなどして、小さなボールをカップに入れることをいっそう困難にしている。

でも、だからこそ、スポーツはおもしろい。

イギリスでは教育のひとつとしてスポーツが採り入れられており、そのせいか、とくに日本ではスポーツの教育的価値ばかりが指摘されることが多い。けれども、じつはそれは後づけで、初めは楽しむためのもの、娯楽だったに違いないと私は思っている。そして、よりゲーム性を高め、楽しみを増加させるには、理不尽なルールを設けたほうがいい――

そう考えたのではないだろうか。そうすると、プレーするほうも観るほうも、よりエキサイトするからだ。

今の柔道は階級制を採用している。その意味ではどの選手もイコール・コンディションで戦うことができる。が、誤解を恐れずにいえば、「柔よく剛を制す」との言葉通り、小さな者が大きな者を倒すことにこそ、柔道の醍醐味はある。体格差やパワーの違いという逆境を克服して勝つからこそ、喜びは大きいし、感動を呼ぶ。それは観る側にとっても変わらない。

ラグビーでいえば、かつての早稲田大学は、身体が小さく、才能にもそれほど恵まれていない選手が多かった。それでも、猛練習と創意工夫を重ねることで、高校日本代表級をズラリと揃え、体格と力を前面に押し出してくる明治大学と互角の勝負をした。明治も真っ向から圧倒しようとした。だからこそ、早明戦はあれほどの人気を集めたし、今も国立競技場をほぼ満員にするだけの魅力を放っているのではないだろうか。

そう、理不尽はおもしろさでもあるのだ。



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