善意と同調圧力に甘えてはいけない
要するに権力側、体制側は上記のような組織の構造的矛盾にメスを入れないまま、会員の善意と集団の同調圧力の上にあぐらをかいてきたといえなくもない。本稿の問題意識に照らせば、注目すべきポイントはそこにある。
PTAにしても町内会にしても、いま、それを支えてきた存立基盤が不安定になり、制度疲労を起こしている。そのことは意識調査の結果が物語っているだけでなく、会員の脱退で組織の存続が危うくなるケースが出現しているところにも見てとれる。
そこへもってきて、子どものため、地域のための活動を優先しなければならないという建前論が全体主義的な組織運営につながり、メンバーの組織離れに拍車を掛けているようだ。
ちなみにこれと同様、本来の趣旨と合致しない組織運営が行われている例は、日本社会のいたるところに存在する。
かつて日本的経営を支える現場の取り組みとして一世を風靡した、QCサークルに代表される小集団活動もその1つだ。QCサークルはもともと生産現場における品質管理の一環として取り入れられたものであり、1960年代から事務や営業など他の部門にも広がっていった。
あくまでも現場労働者の自発的な活動というのが建前なので、当初は勤務時間外に行われ、手当もほとんど支払われないのが普通だった。しかし実質的には仕事の延長であり、全員参加が原則とされた。
その結果、「自主的活動だが全員参加が原則」という、明らかな矛盾をはらんだ表現がなされることになったのである。
社員旅行や運動会、新年会、忘年会といった親睦行事もいまでこそ強制色は薄れているが、かつては参加するのが当然という空気が漂っていた。そして活動に背を向ける者は社内の評判を落とし、出世に響く可能性があった。
これらの伝統的行事に対して近年、批判的な声が上がりはじめたのは、やはり自由参加の趣旨に反する運営がなされているためではないかと考えられる。いずれにしても、このような構造的矛盾が最も顕著な形で残っているのがPTAや町内会だといえよう。
しかし負担の大きい役員に選ばれないため、意識して消極的な態度をとっている人が多い現実は、裏を返せば、役員に選ばれるリスクを避けるか、あるいはかりに選ばれても負担が小さければ活動に積極的に関わる人が増えることを示唆している。
そこに「何もしないほうが得」な仕組みを変える必要性と、変えられる可能性が見えている。