子どもなら泣けば受け止めてくれる人はいるが、大人は…
ところで、ではどういう人が親から心理的離乳をしにくいのであろうか。心理的離乳をとげられない責任は双方にある。そこで先ず、どのような親が子供の心理的離乳の障害になるか、ということである。
何よりも依存心の強い親である。依存心の強い親は依存心の強い子を育てがちである。それでは、依存心が強い、ということは、一体どういうことであろうか。依存心が強いということは、その人のなかには何もない、ということである。
なかがからっぽ──それが依存心の強い人間である。ところが、弱い立場の人間にとっては、時にそのからっぽで何もない人間が強大なものに見える。依存心が強いから次々に弱い立場の人間に要求を出す。自分のなかが空虚だから、周囲の人間の気持の持ち方に要求が多くなる。
周囲の人間に、明るい気持でいろ、感謝しろ、元気を出せ、あの人をくだらない人間と思え、俺を尊敬しろ、このことを世の中で最も尊いと思え、あのことを軽蔑しろ、あの人よりこの人のほうが偉大であると思え、……次から次へと要求を出す。
周囲の人間は、ありとあらゆる期待におしつぶされる。その強い立場にある人間の期待通りの感じ方をする人間でなければ、生きていかれない。弱い立場とは、無力な人間の立場である。典型的には小さい子供の立場である。
圧倒的に強い立場の親に本気で拒否されたら、子供は生きていけない。子供がわがままを言っていられるのは、親が本気で自分を拒否しないと感じているからである。
子供が自分の要求が通らないと言ってワァーワァー泣けるのも、ワァーワァー泣いても自分が完全に拒否されないと信じているからである。しかし、子供はもし自分のわがままを通そうとすれば親が本気で自分を拒否すると感じれば、決してわがままなど言わない。
素直で親の言うことをよく聞くよい子になる。それになれなければ自閉症になったり、自殺したり、さまざまな精神的な障害を示すようになるだろう。親の依存心が強い時、子供に残された道は迎合しかない。
依存心が強いということは、自分が受け入れられることを求めているのであって、他者を受け入れる余裕などない。つまり親が依存心が強ければ、子供は本質的に拒否されているということである。依存心の強い親は、周囲の人間が自分を受け入れることを求める。
しかし、大人になった自分の幼児的依存心を受け入れてくれるのは、自分より弱い立場の妻子ぐらいであろう。会社の同僚などは逃げ出してしまうか、一応の表面上のつきあいであとは避けるだけである。
【著者紹介】加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。