「意味不明で草」前代未聞のExcel実用書×異世界ファンタジー小説に上がった歓声
2020年06月26日 公開 2020年06月29日 更新
「VLOOKUPごときで苦労してんじゃねえ」
イノウエを見ると、足元と太ももにVLOOKUPがとりついていた。イノウエはたぶん恥辱で泣いていた。おれはなんだか緊張してしまって取引先と話すような感じで言った。
「すいません、タカハシと申します。初対面で失礼いたしますが、VLOOKUP処理させていただきます」
「ひゃ、はい。よ、よろしくおねがいします」
「ブイルックアップ」
足元のVLOOKUPの手首をつかんで処理した。そいつもどこかへ飛んでいった。よし、いける。次に太ももを、いや太ももにとりついているVLOOKUPを見る。気まずい。初対面の女性のパーソナルスペースに踏み込んでいる。そういうのは得意じゃないんだ。イノウエ、メガネで仕事のできそうな顔をしている。泣いているがすらっとした黒髪がきれいな美人だ。おれと同じぐらいの年だろうか。胸は、いやイノウエの体のことはいい。VLOOKUPだ。
「ではもう1匹失礼いたします」
「は、はい……」
なんでこいつ顔を赤らめてるんだ? 照れるからやめてくれ。これってあとでセクハラとかで訴えられたりしないよな? だいたい誰に訴えるんだ? Googleか? こんな世界に転生させておいてセクハラでクビってことはないと思うがどうなんだろう。それともサイトウか? というかサイトウまだかな?
そう思って振り返ると、無表情に金属バットを振りかぶっているサイトウがすぐ後ろにいた。
スコーーーン
サイトウが振ったバットは気持ちの良い音を響かせてVLOOKUPをすっ飛ばした。サイトウが小さく「ブイルックアップ」とつぶやき、関数を処理した。
「サイトウさん! 危ないじゃないですか!!」
バットを目の前で振られたイノウエが抗議する。
「うるせえ、助けてやった礼もないのか。だいたいVLOOKUPごときで苦労してんじゃねえ」
「えー、だってわたし、INDEX/MATCH派なんですよー」
おいおいまじかよ。INDEX/MATCH派なのはいいが、VLOOKUPを書けないなんてことExcel職人でありえるのか。
「VLOOKUPってぜんぜん使えないじゃないですか。引数に何列目か書くのダサすぎませんか? 検索列が左にないといけないのも最悪ですよ。おまけに重たいし。あんなの使ってるうちは初心者って感じですよね~」
VLOOKUP…おれはお前たちの味方だ
おれは我慢できなくなって口を出した。
「いやいやいやいや、その言い方はおかしいでしょ。たしかに検索キーが左にないといけないのは不便だけど、あの機能は検索する要素が左にあることを前提としている思想なわけですよ。
それにVLOOKUPっていうのは、既成の関数であることそれ自体がいいんですよ。資格持っていたり経験があるのがわかっていれば基本あの関数はみんな通じる、これはすごいことですよ。
だいたいINDEX/MATCHなんて書いているからExcelへの敷居があがって仕事が集中したり引き継げないシートを作ったりするわけでしょ? 他人のことを考えたらVLOOKUPのほうがいいんじゃないのかな、と僕は思いますね」
いつのまにかイノウエを取り巻いていたVLOOKUPたちがおれの後ろに回って拳を振ったり跳ね回ったりしている。わかるよ。おれはお前たちの味方だ。
おれたちの仕事は…関数の処理
一匹のVLOOKUPがハイタッチを求めてきたのでおれは笑顔でそいつとハイタッチして、ついでに「ブイルックアップ」と唱えて処理しておいた。
やつはこころなしか嬉しそうに元いたセルに飛んでいった。VLOOKUPたちは気を良くして列をなした。ハイタッチとグータッチを交互に繰り返しておれは10匹ほどのVLOOKUPを成仏させてやった。
「あのさー、そんなこと言ってホントはINDEX/MATCHだとまともに書けないだけじゃないの? 教科書どおりの素朴な関数書いてるだけじゃworker務まらないよ? 関数は組み合わせが重要でしょ?」
「worker務まってないのはどっちなんですか。泣いてましたよね?」
サイトウが割って入る。
「おめえらな……」
「サイトウさんはどっちなんですかっ!」
「ぜひききたいですね!」
サイトウがキレた。
「いいかげんにしろ!!!!」
サイトウは叫ぶついでにバットを振って一匹のVLOOKUPを吹き飛ばした。
「ひっ!」
おれとイノウエは小さく悲鳴をあげてたじろいだ。VLOOKUPたちも悲鳴をあげる口はなかったが、同様に指筋を伸ばしてたじろいでいた。
「VLOOKUPだろうがINDEX/MATCHだろうがどっちを使おうがユーザーさんの勝手だ!! おれたちの仕事はなんだ!!? ああ? イノウエ!」
サイトウは手近なVLOOKUPをバットの背でグリグリといじめながら尋ねた。
「か、関数の処理です……」
「そうだよな。関数の処理だよな。ユーザーさんの仕事に文句つけることじゃねえよなあ? ユーザーさんだって一生懸命仕事して関数書いてるんだよ。今そのユーザーさんにとっての最高の仕事をしてるんだよ。わかるか?ああ、仕事サボってくだらねえケンカしてるやつにはわからねえか? ああ?」
「わかりますわかります」
おれたち、つまりおれとイノウエとVLOOKUPたちは必死で頷いた。バットで殴られたくはなかったからだ。
「今この瞬間もユーザーさん待たせてんだ。わかるか? わかったらやるべきことをやれ」
おれとイノウエは近くのVLOOKUPと顔を見合わせながら協力的に処理し、処理されはじめた。
「残りの奴らは殴られたくなかったらおとなしく並べや」
VLOOKUPたちが怯えながら整然とサイトウの前に並びはじめた。サイトウはあぐらをかいて座り込み、読んでない書類に判子を押し続ける管理職のようにVLOOKUPたちを処理していった。2、3分ほどですべてのVLOOKUPたちが片付き、電気が消えた。
おれたちは無言で部屋を出て車に乗った。