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『婚活食堂』と『孤独のグルメ』 作者同士が語る“食を通じた人間模様”の面白み

山口恵以子(作家)、久住昌之(漫画家、ミュージシャン)

2022年11月18日 公開

 

ドラマ版は食べるシーンだけで7時間の撮影

【山口】久住さんはドラマの「孤独のグルメ」には、どのくらい関わっているのですか?

【久住】脚本は脚本家の方が書きますが、五郎のセリフだけは書き直させてもらっています。肉を食べて「噛ごたえがある」とか「肉汁が出る」と言うのだと全然面白くないから、「噛み切るんじゃない、食い千切(ちぎ)るんだ!」って直したりね(笑)。味のこと、ぜんぜん言ってない。

【山口】でも、すごく伝わります!五郎役の松重豊さんの表情も最高ですよね。

【久住】松重さんは前日から何も食べないで撮影に臨むんですよ。シーズンが進んでからは、お酒も断ってしまった。

【山口】すごい、五郎役に徹している。五郎さんの独白はナレーションのように流れますが、撮影後にセリフを録るのですか?

【久住】そうです。だから、早く脚本を作らなきゃいけない。役者さんは脚本を頭に入れてから、それに合わせて演技するんです。撮影の時は咀嚼音を入れたいから、周りの客は演技はするけど、声は出してないんです。全部、あとから入れます。現場はシーンとしていて、緊張感があります。

【山口】劇中の音楽も久住さんが全部作っているんですよね。

【久住】もう、40,000曲くらい作っています。漫画になくてドラマにあるのは「音」なんです。漫画をドラマにしたとき、谷口ジローさんの絵の要素を表現できるのは音楽だと思ったんです。

谷口さんはすごい漫画家で、8ページを描くために、アシスタント2人雇って、1週間かける。1コマに1日かかることもある。漫画家は連載した作品が単行本になるとき、だいたい描き直しをするんです。でも、谷口さんはいっさい直さない。「そんな時間あったら次の漫画描くよ」って。人物と料理と背景を平等に描き込むのが、いわゆるグルメ漫画と全然違う。

だから、ドラマのスタッフも、谷口さんの漫画の手法に倣(なら)って、町も店も人も料理も、平等に、手抜きしないでじっくりと撮る。店で食べるシーンは7時間ぐらいかけています。

【山口】すごすぎる。丁寧に作っているから10年も続いているんですね。

 

店は王国、メニューは憲法

【久住】小説に出てくる料理のレシピは、山口さんが考えているんですか。

【山口】小説家として一本立ちするまで、ある会社の社員食堂で働いていたんです。12年も食堂のおばちゃんだったから、食材と調味料とレシピを見ると、味がだいたいわかります。

まず季節を決めて、その時期の旬の食材を全部書き出します。その食材でおいしい料理は何かなと調べて、よさそうなものをピックアップして、アレンジを加えています。久住さんは、お店を選ぶときに何か基準がありますか。

【久住】よく「店を選ぶポイント」を聞かれますが、ポイントは作らない。そこしか見なくなって、小さな面白いものを見逃しちゃうから。入る店は見た目で決めます。でも、どこを見るかは店によって違う。

例えば、千葉の勝浦に行ったとき、地元の人に勝浦タンタン麺の店に連れて行くと言われたけど、自分で探したいから、案内を断ったの。ふらふら歩いていたら、古くボロい店がぽつんとあった。店の横にバイクが停めてあって、岡持が2つきちんと並べて置いてある。そこの壁に板の台が取り付けてあって、ヘルメットが乗せてある。わざわざヘルメット乗せ台を作る店主のタンタン麺、食べてみたいじゃない。

そういうとこ見逃したくないんです。長年その場所でやっている店は、お客に愛されて、土地の文化の一部になって根付いている。土地と店と料理と客は、どこかで全部つながっていると思うんです。

【山口】メニューを選ぶときは?

【久住】お店は1つの国で、店主は国王だと思っています。メニューは店の憲法であり、年表でもある。それをしっかり読んで、この国では何を食べるべきなのか、じっくり考えます。

ぼくは番組のスタッフにも、ガイドブックやネットで調べるなと言っています。それは、憲法を無視することになりますから、国王に対して失礼です。

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波紋のように広がっていく物語

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