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50歳目前に手詰まり感...ミドルは「旧態依然の日本企業」から巻き返せるか

木村尚敬、小島隆史、玉木彰

2023年02月24日 公開

 

「この10年、何か変わったのか?」

「経営企画部で次の中期経営計画を作るのだが、今回は俺がリーダーを任された。今までのような形だけではなく、本当に実のあるものにしようと思っている。それで、君ら二人に手伝ってほしいんだ」

会議室のホワイトボードの前に立ち、いつもより少々テンション高めで事情を説明する石原を、本村と黒川は怪訝な目で見つめている。

「あの、実のあるものっていうのは、どういう意味でしょう」

二人の中では先輩に当たる本村が先に口を開いた。発想が少し堅苦しすぎるところがあるが、極めて優秀な社員として石原も大いに買っている部下だ。

「本村さん、君は入社何年目だっけ?」

「ちょうど10年です」

「10年か。10年前と比べてウチの会社はどうだ。何か変わったか?」

「さあ、特には」

「変わってないか。変わってないけど売上は落ちている、雑誌も書籍も」

「はい」

「大丈夫か、このままで?」

「え?」

「まだ何十年も働くんだろ。このままで会社はいいのか。変わらなくていいのか」

「それは...このままじゃまずいとは思いますけど」

「じゃあどうする、何を変える?」

「急に言われても」

「やっぱ、デジタル化ですかね。あとはDXで業務をどんどん効率化するとか」

入社3年目の黒川が助け船を出す。ジャケット着用が暗黙の了解のこの会社でも極めてラフな格好を貫く黒川は、本村と好対照だ。

石原は正直、打合せに資料もノートも持たず、タブレットだけ抱えて入ってくる黒川の、今どきの若者のスタイルにどうもなじめなかったのだが、今は逆に、いかにもデジタルオタクらしい彼の発言がたのもしかった。

「そうだ、そういうことだ。これまでの中計では、そういう新しい視点はきれいごとのキャッチコピーに過ぎなかった。俺は、これまでのビジネスモデルの微調整では、もう会社はもたないと思っている。つぶれはしなくてもジリ貧だ。だから、今回の中計には、ドラスティックな改革案を盛り込もうと思っている」

本村も黒川も、まさかそんな過激な言葉が石原の口から出てくるとは予想していなかったのだろう。二人ともキツネにつままれたような表情を浮かべている。

しばらく沈黙が続いたあとに、黒川が口を開いた。

「それで、僕たちは何をすればいいのですか」

「さっき君が言ったような新しい発想やアイデアをまとめてほしいんだ。できればほかの部署の若手にも声をかけて、いろいろ聞いてみてくれ。今度の中計は、それをベースに作りたい」

出版不況が言われ始めたころは、改革が必要だという声が社内のあちこちから聞こえてきたが、会社が何もしようとしないとわかると、そういう問題意識を持った社員は次々と会社を去っていった。

残っている中堅以上の社員は、このままでいい、変わる必要はないと思っている。あるいは、そう自分に言い聞かせている。過去の成功体験と変化することへの諦めが、彼らの意識を縛りつけている。

しかし、業績が翳かげり始めてから入社してきた若手は、現在のビジネスモデルでの成功体験がない分、会社や業界の常識に縛られない自由な発想ができるはずなのだ。それを引き出して経営陣に突きつければ、必ず改革はできる。

石原は、そんな自分の思いを確かに伝えた気でいた。

ただ、本村と黒川の不安そうな表情を見ると、それがどこまで理解されているか不安でもあった。

 

会社を抜本的に変える

銀座の裏通りにある古い雑居ビルの地下で、戦前から営業を続けている老舗のバー「アルセーヌ」。

その扉を石原が開けると、南条修一郎はすでにカウンターの隅に陣取り、手酌でビールを飲んでいた。

「遅いぞ、石原」

「5分前だ。お前だろ、早いのは」

「相手を待たせないのはコンサルの基本だ」

石原と南条は大学のテニスサークルで、4年間一緒に汗を流した仲だ。振る舞いが都会的で話術も巧みな南条は、テニスもうまく、常にサークルの中心的存在だった。

だが、大学を卒業すると、なぜか南条はサークル仲間の集まりに顔を出さなくなっていった。一度、誰かから「南条は就職した経営コンサルティングファームの仕事が忙しく、寝る時間もないらしい」と聞いたことがあったが、それ以上の情報はなく、会う機会のないまま何年も過ぎていった。

ところが5年ほど前、その南条が突然、会社に石原を訪ねてきた。自分のクライアントが本を出したいというので、誰か出版社に伝手がないか調べていたら、偶然石原がヒットしたのだという。

その後、石原の尽力もあって本ができあがると、そこからまたつき合いが始まった。

出版業界しか知らない石原と違い、南条はさまざまな業界の情報を持っていた。しかもそれは新聞などで仕入れた単なる知識ではなく、直接現場に足を運び、自分で確認した鮮度の高い情報だから役に立つし、面白くないはずがない。

それで、しばしば情報交換と称して一緒に飲むようになったというわけだ。

「で、何、相談ってのは。内容によってはコンサルタント料が発生しちゃうよ」

「まあ、とりあえず今夜はここ、おごるから」

石原は自分もビールを頼むと、鞄からファイルを取り出しカウンターの上に置いた。表紙には『中期経営計画用フラッシュアイデア』と書かれている。

本村と黒川が石原の依頼を受け、1カ月かけてまとめあげたものだ。いろいろな部署で聞いた話をパワーポイントで整理してきれいに仕上げてある。

「中期経営計画?」

南条がファイルに目を落とす。

「次の中計の責任者にされちまったんだ。それで、どうせなら会社改革につながるくらいインパクトのあるやつを作ってやろうと、ウチの部の若手にアイデアを集めさせたのがこれ。この中で中計に活かせそうなのがあれば教えてほしいんだけど」

「無理だな。以上、終わり」

南条はざっと目を通しただけですぐにファイルを閉じると、2本目のビールを注文した。

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。これだけ案が出てるんだから、一つくらいモノになりそうなものだってあるだろ」

「現状の改善案だけいくら集めても会社は変わらんよ。特にお前の業界はな」

「変わらないと、いや、変えないとダメなんだ」

石原は自分の感じている危機感、そして、今回、中期経営計画を任されたというまさに千載一遇の幸運を活かして、役員連中が腰を抜かすような抜本的な会社改革案を作り上げたいのだという思いを、切々と語り始めた。

「時代の要請にこたえられない会社は、静かに市場から退出していくのも自然の摂理だと思うんだけど、どうしても抗いたいというのなら、それはもうCXしかないな」

「CX?」

「コーポレートトランスフォーメーション。企業を根本から作り変えるんだ。それは主要なビジネスモデルはもちろん、会社の組織から価値観や文化まで変えることを意味する。もちろん血も流れる。石原にそこまでの覚悟があるのなら手伝ってもいいぞ」

南条はこれまで見たことがないような真剣な顔で、石原の目をじっと見た。

「望むところだ。俺には、もう逃げ場はないんだ」

石原も目をそらさなかった。

※『企業変革(CX)のリアル・ノウハウ』に続く

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