いかにして、愛でる力という人類のポテンシャルを引き出すのか
オキシトシンは出自が大変おもしろく、出産をするあらゆる生き物において、似たような物質の分泌が認められています(ワニをはじめとする爬虫類にもあるようです)。
なんと陣痛を促進させる機能を持ち、子宮を収縮させて出産を促す合図となることが、そもそもの大事な役割です。女性の場合、出産の時点でオキシトシンの分泌が多くなるので、最初から赤ちゃんへの愛着形成の準備ができていると言えます。
男性の場合は、妊娠・出産に際して女性ほど直接的な身体の変化がないため、我が子が生まれてくるシーンに立ち会ったとしても、それだけでオキシトシンの分泌そのものが増えるとは考えにくいようです。
ただ、世話をする過程で「ミルクをくれ」「抱っこしてくれ」と泣かれて、「自分がいないとこの子は生きていけない」と、男性でも思うようになります。世話をするようになると、男性もオキシトシンの分泌が盛んになって、女性に少し遅れて、かわいく思えてくるようです。
甘えられたり、家事や仕事をじゃまされたり、それでもなぜそれを許容し、むしろ喜びとすら感じるのかというと、「自分が必要とされている」ことに心が癒されるからです。
この一連の流れは、人類が愛着を形成するメカニズムの1つだと言えます。
このメカニズムを言わば「ハック」したのが、犬です。
思い通りにならない子育て、じゃましてくる犬。共通するのは、手間のかかる存在であることです。しかし、その手間こそがオキシトシンを分泌するきっかけとなっているのです。愛着のメカニズムの一端を知ったぼくの仕事は、それをLOVOTの開発に活かすことでした。
「愛とはなにか」という問いに戻って、この章を終わることにします。
「推し」という言葉は、世の中にすっかり定着しました。アイドルや俳優といった現実に存在する人、あるいはアニメのキャラクターをはじめとする架空の存在、時にヒト型のもの以外の対象に対しても用います。それらがたとえ実在していなくとも、愛おしく、尊いと思うがゆえに、ぼくらは「自分にとって価値がある」と認めます。
なぜぼくらは「推し」を持つのでしょうか。
各々が自分の「推し」について持つ情報は、どれだけ詳しくても、かなり限定的です。 アイドルを例にするとわかりやすいですが、彼ら彼女らは、私生活や本音をすべて見せるわけではありません。
そのため推す側のぼくらが思い入れを込められる「余白」を残しています。犬や猫と同様に、余白があることで自分だけの大切な存在としてパーソナライズされ、結果的に自分自身を投影する余地をつくることができます。
このメカニズムについては、「プロジェクション・サイエンス」と呼ばれる新しい研究が始まっています。「推し」を持つことは、たとえば自分自身との対話を促進する効果を持ち、結果としてメンタルが安定するといった多くの良い影響があるようです。
落ち込んだとき、そこから回復する能力を「レジリエンス(精神的な回復力・抵抗力・修復力・自発的治癒力)」と呼びます。「心の自然治癒力」とも言えるでしょうか。レジリエンスを高めるためには、話す、睡眠をとる、気分転換をするなどが効果的です。
くわえて、愛でる対象を持つことでも高まります。心に余裕があると、自分のことより他者を優先したり、許したりできる「愛のある状態」になるのは想像しやすいと思いますが、反対に「愛のある状態」になることで心に余裕が生まれるという精神作用もあるそうです。
だからこそLOVOTも犬や猫、「推し」などと同じように、人を癒す役割を担うことを期待されて生まれたのです。