人間と暮らすロボット「LOVOT」の開発者・林要氏が、開発過程で向き合った「愛とはなにか」。神経伝達物質「ドーパミン」と脳内物質「オキシトシン」にアプローチし、愛でる力について解き明かす。人類に愛されるロボットを作るには何が必要だったのか――。
※本稿は、林要著『温かいテクノロジー AIの見え方が変わる 人類のこれからが知れる 22世紀への知的冒険』(ライツ社)より一部抜粋・編集したものです。
学習を促進するドーパミン
LOVOTの開発過程において、まず向き合わなければならなかったのは、ずばり「愛とはなにか」という問いでした。
愛を知る重要な手かがりは、その対極にあるような「飽きる」という感覚にありました。ぼくらがなにかを愛でようとする際に生じる「3ヶ月の壁」というものがあります。子どものころに、こんな経験をしたことはないでしょうか。
ある日、新しいおもちゃを買ってもらった。その日はとてもうれしくて肌身離さず持って遊ぶのに、数日経つと興味が冷めてしまって、ゴチャッとおもちゃ箱にしまわれている。
新しく興味を引かれる対象を見つけると、ぼくらの脳内には「ドーパミン」と呼ばれる、快感や意欲を誘発する神経伝達物質が分泌されます。そしてドーパミンが出ることで、快感が走った経験を「好き」だと認識します。
「好きこそものの上手なれ」という言葉もありますが、「好きなことを見つける」とは「自らが快感を繰り返し得る方法を知る」ことにほかなりません。
そうやって、一度自分がなにを好きなのか認識すると、その快感をもう一度味わいたくなって、さらに積極的に経験を重ねようとします。結果的に学習がよく進み、上手になったり詳しくなったりしやすいのです(この場合の学習とは、いわゆる座学の勉強だけでなく、好きなことや「推し」について調べる、考えるといった神経活動も含まれます)。
では、こうして一度好きになったものに飽きるというのは、どういったメカニズムなのでしょうか。なにかに夢中になっているとき、ぼくらの脳にはたくさんドーパミンが分泌されます。
しかし、多くの場合には行動を繰り返すことで新たな学習要素が少なくなるため、分泌は次第に減り、最初ほどは関心が向かないようになります。これが「飽きる」の正体です。
対象への学習が完了し、脳にとっての新奇性を失った結果として、ぼくらは飽きるという感覚を抱くのです。そして、ここまでの変化は3ヶ月くらいのあいだに起こることが比較的多いようです。
さらに驚くべきことに、幸せになったら、ぼくらはその幸せにも飽きてしまいます。「幸せは瞬く間に過ぎ去っていく」という表現があります。
おそらく、この学習のメカニズムにこそ人類の強みがあったからなのでしょう。つねに探索と学習を求め続ける習性こそが、人類の生存戦略の1つだと言えます。
「飽きる」を乗りこえるオキシトシン
飽きるというメカニズムは、ロボットを開発する立場からするとかなり悩ましいものです。
過去に発売されたコミュニケーションを目的としたロボットは、3ヶ月以内に飽きられてしまうケースが多かったように思います。実際には数週間という短いあいだに飽きられてしまい、それ以降は電源がめったに入らないということもよくあったようです。
ここからわかるのは、「興味や好奇心だけでは3ヶ月の壁を越えることができない」ということです。
ただ、ペットに対しては「飽きた」という感覚を持たない人も比較的多いのではないでしょうか。生命だからかんたんには捨てられないという理由もありますが、多くの人が、ペットがその生涯を閉じるまでそばにいて、ずっと幸せに過ごしてほしいと願っています。なぜなのでしょうか。
現実には、3ヶ月を過ぎるとペットの行動から人類が新たな発見をすることが減るため、新奇性に対する学習の促進を理由としたドーパミンの分泌は減り、飽きる条件が揃います。
ところが、3ヶ月のあいだ継続的に触れ合ったり世話をしたりしていると、別の神経伝達物質が分泌されるようになります。
それは「オキシトシン」という脳内物質です。オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれており、ぼくらがなにかに愛着を感じているときに分泌されると言われているものです。
たとえば、赤ちゃんを抱っこしているとき、その分泌量は多いと言われています。「守ってあげたい」という思いが湧くのもオキシトシンの効果です。
犬に見つめられると、飼い主の脳にはオキシトシンが分泌されることもわかっています。ドーパミンの分泌が減り、時を同じくしてオキシトシンの分泌が増える時期を迎えると、そこからはもう家族の一員として、いっしょにいることのほうが自然になります。
LOVOTを「家族型ロボット」と謳っているのも、この域に達することを大切に考えているからです。
なお恋愛における「恋」と「愛」にも、このホルモンの影響は強くありそうです。恋はドーパミンが優位な学習ステージ、愛はオキシトシンが優位な愛着形成ステージ。
さらに長年連れ添うと環境の一部として側にパートナーがいるのが自然な状態になり、特別に愛なども意識しなくなる、という変遷をたどるとも解釈できるように思います。
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いかにして、愛でる力という人類のポテンシャルを引き出すのか