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闘病生活を共にした愛犬にもガンが...最後まで見せ続けてくれた「人間への愛情」

2021年12月22日 公開

ベン・ムーン(著),岩崎晋也(訳)

デナリ

"この世で犬だけが、自分よりも相手を愛してくれる"こんな格言がある。青年ベンの相棒デナリはまさにベンを一心に愛した犬だった。離婚や大腸ガン、さまざまな困難の中でも、デナリだけはベンのそばで支えつづけた。それはデナリ自身が病に侵されたときも変わらなかった。

※本稿は、ベン・ムーン著「デナリ ともにガンと闘い、きみと生きた冒険の日々」(&books/辰巳出版)から一部抜粋・編集したものです。

 

ガンとの闘いからの生還

「ガンは寛解しました」――この言葉を最初に聞いたときは奇跡的なことに思えた。それでも、高い山の頂上まで登ったのと同じで、闘いはまだ半分残っていた。"ふつう"の生活に戻るためには、安全に山を下りなくてはならない。

それに、自分にとっての新しい"ふつう"は、ガンにかかるまえの、考えも行動も自分中心だったころとはちがっていた。

友人たちに寛解したことを知らせると、治療中は絶えず与えてくれていた愛情やサポートがばったりとなくなった。彼らに悪気がないのはわかっていても、ぼくは突然見捨てられたように感じた。方向もわからない深い闇に入ったように思えた。

ガンとの闘いは、体内が正常な細胞だけになった瞬間に終わるわけではない。傷が癒えるには何年もの時間がかかる。

ガンにかかると、いいこともたくさんある。たとえば、犬と同じように世界を眺めることができるようになる。デナリは過去や未来には生きていなかった。いまそこにある喜びや苦しみ、刺激に反応するだけだった。嵐のような出来事が訪れても、デナリはひとつ大きなため息をつくと、つらいことは忘れていまだけを見て生きていた。

「デナリ、出かけよう。治療のあいだずっとそばにいてくれてありがとう」

静かに腰を下ろすと、デナリが頬をなめた。たがいに寄りかかって、やがて額と額が触れた。そのまま体重を支えあって、長いこと、そうして愛情を伝えあった。デナリへの感謝の気持ちはとても大きかった。ぼくの友達だ。これからも多くの時間を一緒に過ごし、冒険に出かけることができる。

デナリはぼくのいちばんの親友だった。不快感と吐き気に押しつぶされ、とても乗りこえられないと思った最悪の時期、ぼくはただデナリに寄りかかっていた。けれども、医師からガンの寛解を告げられると、また生きていくことを考えなくてはならなくなった。

ぼくは社会のなかで居場所を探し、写真の顧客との取引を再開し、新しいクライミングパートナーを見つけた。心が乱れることもあったが、どんなときもデナリとの関係は変わらなかった。

デナリに急かされて外に出たおかげで、体力を回復させることができた。そうやって家の近くで冒険しているときに、ようやく自分でもいいと思える写真が撮れるようになった。体や創作意欲がもとに戻ってくるにつれ、しだいに自分に自信を持ち、友人たちと楽しく過ごすことができるようになっていった。

 

「おまえはきっともとどおりになるさ、ディー。きっとだよ」

2009年5月、曇ったポートランドの朝。デナリは9歳半になっていたが、まだ動きは俊敏で、運動能力の衰えもなかった。デナリの毛をかき分けていて、体にしこりがあることに気づいた。嫌な予感がした。それまでは何もなかったところだ。すぐに獣医に連絡し、診てもらうことにした。

検査のためにしこりの組織を採取するとき、ほかにも3つ小さなしこりが見つかった。心配したとおり、4つともすべて悪性の腫瘍だった。デナリはガンにかかっている。頭がぼんやりして、あたりがかすんだ。

ぼくのせいだろうか? なぜこんなことになったんだ? 混乱しながら、獣医が甲高い声で話すのを聞いていた。ガンがすでにデナリのリンパ節に......いやそれどころか、臓器に達していたらどうしよう。ほんの数週間前まであんなに元気だったのに。

もっと早く症状に気づかなかった自分を許せないかもしれない。自分のガンのときはずっと病気ではないと思いこんでいたために命を危険にさらすことになった。もしデナリが同じことになったら耐えられない。

治療のあと、ぐるぐる巻きの包帯にショックを受けながら連れて帰った。背中の片側は30センチほど、反対は10センチほどの皮膚が取りのぞかれている。

麻酔が切れてくると、デナリは立ちあがって吠え、それから痛みでうめくように鳴いた。目を大きく開いてあたりを見まわした。なじみのない強い痛みに混乱しているようだ。デナリは足を引きずり、ドアのほうへ歩いていった。ところが、傷をなめるのを防ぐために首に巻いたエリザベスカラーがドアの枠にひっかかり、尻餅をついてしまった。

デナリの顔には救いのない絶望が浮かんでいる。ぼくは駆け寄って抱きしめ、顔を埋めて泣いた。

「きっとよくなる。ぜったいにおまえのそばを離れない」

その晩はリビングルームの布団でデナリと顔を寄せあって眠った。痛み止めを飲んでいたけれど、デナリは数分ごとに鳴き声をあげた。ぼくはそのたびに胸が引き裂かれるようで、少しでも楽になるようにした。長く暗い数時間ののち、ようやく朝が来ると、苦しめるようなことは絶対にしないと約束した。

「そのときが来たら、ぼくに教えてくれ。きっと教えてくれよ」

デナリは化学療法でぼくが最悪の状態のとき、いつも寄り添ってくれた。ほとんどベッドから出られなかったときも変わらずそばにいてくれた。その友情に、どうしたらお返しができるだろう? 横になったまま、さまざまな楽しかったときを思いだし、いまの状況を笑い飛ばそうとした。

「おまえはきっともとどおりになるさ、ディー。きっとだよ」

デナリは病気とねばり強く闘い、このときはぼくのもとを離れなかった。だが4つの腫瘍、とくにいちばん大きな背中のものを切除したことはかなり体の負担になり、回復するのに数か月かかった。

ランニングをする代わりに、ぼくたちは16キロのコースをゆっくりと歩いた。デナリは少しずつ体力と運動能力を取りもどし、かなり回復した。このあとも、完全に以前と同じに戻ることはなかったが、外へ出て冒険をすることへの意欲は衰えなかった。

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