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仕事

経営は“年輪を重ねる”がごとく

塚越寛(伊那食品工業会長)

2012年08月23日 公開 2023年01月11日 更新

塚越寛

性善説に基づいた経営を貫く

会社というものは、「性善説」の立場で経営するか、「性悪説」の立場で経営するかによって、必要となる経費がずいぶん変わってきます。性善説に基づくほうがコストは安くなります。

例えば、伊那食品工業本社の敷地の大部分は「かんてんぱぱガーデン」という庭園になっています。一般開放していて誰でも24時間出入りが可能ですが、あえてガードマンは置いていません。

それはお客様や地域の人々を信頼しているからです。その結果、ガードマンにかける経費が不要となります。

また、社員を規則で縛ったり、評価という名のもとに社員の行動を管理・監視することもありません。得意先とも信頼関係で結ばれているため、支払い期日に集金に出向く必要がありません。いずれも社員の管理や集金にかかる人件費が不要になります。

日本の鉄道は切符のチェックが厳しい印象があります。改札はもちろん、車内でも車掌が回ってきて、全員の切符を確認します。

「無賃乗車をする人がいる」という性悪説に基づいた管理体制と考えられ、そこに人件費等のコストをかけているわけです。

つまり性悪説はお金がかかるのです。それよりも、社員やお客様を信頼して、福利厚生やサービスの充実にお金を回すほうが、結果的には会社の発展につながるのではないでしょうか。

 

幸せの国、幸せの会社

ブータンといえば、チベット仏教を国教とする世界で唯一の国です。国民総生産(GNP)ならぬ「国民総幸福量(GNH)という考え方を提唱していることで知られています。

つまり、国民がどれだけ物をつくってお金を稼いだかではなく、国民の幸福そのものの量を追求しようとしているのです。そうした概念のもと、ブータンは「幸せの国」と呼ばれるようになりました。

この成り立ちは、伊那食品工業の目指すところとよく似ています。当社も、急成長したり大企業になることを目指すのではなく、あくまでも社員の幸せを第一に考え、これを地道に追求し続けてきました。

その結果、手厚い福利厚生を実現し、庭園に囲まれた快適な社屋をつくることができたのです。素晴らしい環境の中で、社員たちは幸せを感じながら一生懸命に働いてくれています。

以前、取材を受け、「ブータンのような会社が日本にあった」という内容の記事が雑誌に掲載されたことがあります。偉そうなことをいうつもりはありませんが、「社員の幸福の総和がその会社の価値である」という考え方が広まってほしいと願っています。

 

筋肉質の経営を目指す

人間の身体には皮下脂肪が存在します。脂肪には、食べ物がなくなったときのための「備え」という役割があります。しかし、皮下脂肪がたまりすぎると、お腹が出っ張って体形が崩れ、やがては生活習慣病を引き起こす原因になってしまいます。

脂肪はあまりため込まず、適度に運動をして、筋肉の量を減らさないようにすることで、私たちは健康を維持することができます。

企業にとっての「内部留保」には、人間にとっての皮下脂肪と同じような性質があります。景気の変動や臨時の支出に備えて、ある程度は蓄えておく必要がありますが、内部留保をひたすら多くすることによる弊害も心配しなければなりません。

例えば内部留保が増えることによって、「すぐには倒産しないだろう」という油断が生まれます。そこからモラルの低下が始まり、緊張感が薄れてしまうこともあるでしょう。

気づいたときには新商品の開発が遅れ、顧客を開拓する力も衰え、勢いのある若い会社にマーケットを奪われていた、といった事態を招きかねません。内部留保が多ければいいというわけではないのです。

それよりも、一定の緊張感を保ちながら、社内のお金を有効に使って社員教育や研究開発、職場環境改善を継続し、常に前向きに進み続ける「筋肉質」の経営を心がけたいものです。

 

著者紹介

塚越 寛(つかこし・ひろし)

伊那食品工業会長

1937年、長野県駒ケ根市生まれ。伊那北高校在学中に肺結核を患い、学校を中退して長期の入院を経験する。快癒後、木材会社に就職するが、’58年、経営不振にあえぐ子会社の伊那食品工業の社長代行に任ぜられる。以後、原料の海草の価格に大きく左右される相場商品だった寒天の安定供給体制を確立し、寒天の成分を活用した医薬、バイオ、介護食といった新商品開発に取り組んで新たな市場を開拓、48年間連続で増収増益という金字塔を打ち立てる。黄綬褒章のほか、日刊工業新聞社による最優秀経営者賞など受賞(章)多数。
著書に『いい会社をつくりましょう』(文屋)、『リストラなしの「年輪経営」』(光文社)、『幸せになる生き方、働き方』(PHP研究所)などがある。

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