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AI・Web3開発への偏重は必然か? SFの視点から探るテクノロジーの異なる未来

オードリー・タン, E・グレン・ワイル, 山形浩生 (翻訳), ⿻コミュニティ

2025年05月29日 公開

AI・Web3開発への偏重は必然か?  SFの視点から探るテクノロジーの異なる未来

現代社会のテクノロジーは、あたかも必然的に発展してきたかのように見えるが、実は社会が過去に行った投資の積み重ねの結果に過ぎないという。AIやWeb3といった現在の潮流を起こした、民主主義社会の選択とは?

台湾の初代デジタル発展省大臣オードリー・タンとマイクロソフトの首席研究員にして気鋭の経済学者グレン・ワイルという世界のトップランナーが提唱する、新たな社会のビジョン「プルラリティ/多元性」について詳説した書籍『PLURALITY』より解説する。

※本稿は、オードリー・タン、E・グレン・ワイル、山形浩生(翻訳)、⿻コミュニティ『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』(ライツ社)を一部抜粋・編集したものです。

 

科学技術の発展に、必然的な方向性があるわけではない

ほとんどの民主主義国がたどっている道は、政策、態度、期待、文化を通じて行われた集団的選択の結果でしかない。しかし、SFから現実世界の事例まで、違う視点をとればさまざまな可能性が見えてくる。

SFを見れば、人間精神が想像できる未来は驚くほど多種多様だとわかる。多くの場合、こうした想像は研究者たちや起業家たちが開発する多くのITにヒントを与える。最近のITの方向性を予見するSFも多い。

1992年の古典『スノウ・クラッシュ』で、ニール・スティーヴンスンはほとんどの人が人生の大半を没入的な「メタバース」で過ごす未来を思い描いた(※1)。人々がメタバースばかりで過ごすため、現実世界のコミュニティや政府などを支える社会参加が潰れ、その空白にマフィアやカルト指導者たちがはびこり、大量破壊兵器の開発余地ができてしまうという作品だ。

この未来は、民主主義に対するITの「反社会」脅威と密接に対応している。スティーヴンスンら作家はさらにこうした可能性を拡張し、それが技術の開発に大きく影響している。

たとえばMetaという社名は、スティーヴンスンのメタバースにちなんだものだ。また「超知性」を作り出すことで権力を集中させようとする技術的な傾向も、よくSFの主題として使われる。

たとえばアイザック・アシモフやイアン・バンクス、レイ・カーツワイルやニコラス・ボストロムの予言的未来主義、『ターミネーター』や『her/世界でひとつの彼女』などがある(※2)。

だがそうした作品で描かれる可能性は、それぞれずいぶん違っているし、SFに見られる技術的未来のビジョンは他にもいろいろある。

実際、最も有名なSFは、どれもまったく違う可能性を示している。史上最も人気であろうSFテレビ番組『宇宙家族ジェットソン』『スタートレック』を見ると、前者は1950年代のアメリカの文化と制度を大幅に強化した未来を示し、後者は多様な異星人の知性が交差するポスト資本主義の未来を示している。

他にもアーシュラ・ル=グウィンのポストジェンダーおよびポスト国家の想像力から、オクタヴィア・バトラーのポストコロニアリズムの未来主義まで、実にさまざまな例が何千種類もある。そのどれもが、技術が社会と共進化する、さまざまな方法を示唆している(※3)。

SF作家だけではない。科学技術研究(哲学、社会学、科学史を含む)の主なテーマは、科学技術の発展に内在する偶然性と可能性だ。つまりその発展には単一の必然的な方向性があるわけではないのだ(※4)。

政治学や経済学などの社会科学では、伝統的に技術進歩は固定され、与えられたものと考えられてきたが、そうした分野も技術の偶発性を次第に認めるようになってきた。

世界的な経済学者、ダロン・アセモグルとサイモン・ジョンソンは、技術進歩の方向性は、社会政策と改革でかなりの程度決まるのだと主張し、技術の方向性を左右した、過去の歴史的な偶然を記録した本を最近になって発表している(※5)。

そうした技術の方向性を最も強烈に示しているのは、今日の各国における技術進歩の道筋だろう。一流の思想家たちはかつて、技術の力を使い社会格差を一掃できると予測していたが、今日では、大小の技術システムのほうが社会システムを左右し、そこで公式に表明されるイデオロギーすら決めてしまう。中国の監視体制はそうした技術的未来のひとつだが、ロシアのハッキングネットワークは別の未来を示すようだ。

Web3がもたらす大規模なコミュニティ空間も、また別の未来を示している。私たちが注目してきた主な西側資本主義国は4番目の未来だろうし、インド、エストニア、台湾の多様なデジタル民主主義は、まったく別の未来らしい。

また、主にWeb3コミュニティ主導のアプローチに沿った、オープンソースと相互運用性に基づいて構築されるアフリカモデルも考えられる。これは多くのアフリカ文化の共同体志向を反映したものだ。ITは収束させるどころか、あり得る未来を増殖させている。

 

民主主義社会が行った技術的な選択

では西側の自由民主主義国における現在の技術と社会の関係の道筋が不可避ではないのならば、私たちはどのようにして、こうした紛争への道を進むような選択を行っているのだろうか。そしてどうすればそこから抜け出せるのか?

民主主義社会が行った技術的な選択にはさまざまな見方があるが、おそらく最も具体的で定量化しやすいのは投資の実施額だ。それを見ると、西側諸国の自由民主主義国(つまり世界の金融資本の大半)がITの未来に対して行った投資が、技術の経路についてどんな選択を行ったかがはっきりわかる。そうした技術の多くはごく最近になって生まれたものなのだ。

近年ではそうした投資は主に民間部門が推進しているが、そこに反映されているのはむしろ、政府が以前に設定した優先順位であり、それが多くの面で民間部門の応用に浸透し始めたばかりだ。手始めにますますしっかり計測されるようになってきた、ベンチャーキャピタル産業のトレンドを見てみよう。

テクノロジー分野へのVCからの出資総額
出典:NetBase Quid via 2023 AI Index Report(※6)

過去10年のIT部門におけるベンチャーキャピタルは、劇的かつ圧倒的に、人工知能と暗号資産に隣接したWeb3に集中的な投資を行っている。図2‒0‒CはNetBase Quidが集めてスタンフォード大学人間中心人工知能センターが図化した『2022年AI指数報告』掲載の、AIへの民間投資データである。

暗号資産へのVC案件と投資の推移
出典:National Venture Capital Association と Pitchbook(※7)

その投資は2010年代を通して爆発的な成長を見せて、民間技術投資の中で圧倒的な割合を占めている。図2‒0‒DはWeb3空間について同じ結果を示している(ただし時期は異なり、4半期ごとのデータ)。こちらPitchbookのデータに基づいてGalaxy Digital Researchが図化したものである。

しかしこれらの技術が優先的な投資先となったのは比較的最近のことであり、「市場」の論理から生まれたようには見えても、はるかに長期にわたる、社会全体が行った一連の選択を直接的に反映しているのだ。つまり、民主主義国の政府が行った投資から生じたのである(※8)。

さらに、これらの投資は他の方向に向く可能性があったという話にとどまらない。この傾向はごく最近になって生じたものであり、その直前までの投資はまったく別の方向に向いていたのだ。そうした投資は、過去数十年の標準的なITに結実している。

英語書籍でのartificial intelligence出現頻度
出典:Google Ngrams(※9)

人工知能は、1980年代の大半を通じて、来たるべき革命として喧伝されていた。図2‒0‒Eは、Google Ngramsが集計した、英語書籍でのartificial intelligence(人工知能)という言葉の相対的な頻度を示している。

しかし、1980年代を特徴づける技術はまったく正反対のものだった。1980年代の技術とは、個々の人間の創造性をコンピューティングで補完するパーソナルコンピュータだったのだ。

1990年代は、現実逃避的な仮想世界と人々を孤立させる暗号の可能性に関するスティーヴンスンのSF的想像力に取り憑かれ、インターネットという結合手段が世界を席巻し、前例のないコミュニケーションと協力の時代が訪れた。

2000年代の携帯電話、2010年代のソーシャルネットワーク、2020年代のリモートワークの基盤......これらはどれも、暗号資産のハイパー資本主義や人工超知能に目を向けたものではない。これは公共部門の研究資金提供者が、さまざまな(地)政治学的要因でこれらのITのサポートから、暗号と人工知能への投資へと大幅に遅れてシフトしたことを(かなり遅れて)反映したものなのだ。

 

[注釈]

※1:Neal Stephenson, Snow Crash (New York: Bantam, 1992).〔『スノウ・クラッシュ』ニール・スティーヴンスン著, 日暮雅通訳, 早川書房, 2022〕

※2:Isaac Asimov, I, Robot (New York: Gnome Press: 1950)〔『われはロボット』アイザック・アシモフ著, 小尾芙佐訳, 早川書房, 1963〕. Ian Banks, Consider Phlebas (London:Macmillan, 1987). Ray Kurzweil, The Age of Spiritual Machines (New York: Viking, 1999).〔『スピリチュアル・マシーン コンピュータに魂が宿るとき』レイ・カーツワイル著, 田中三彦, 田中茂彦訳, 翔泳社, 2001〕 Nick Bostrom, Superintelligence (Oxford, UK: Oxford University Press, 2014) .〔『スーパーインテリジェンス 超絶AI と人類の命運』ニック・ボストロム 著, 倉骨彰訳, 日本経済新聞出版, 2017〕

※3:Ursula K. LeGuin, The Dispossessed: An Ambiguous Utopia (New York: Harper & Row, 1974).〔『所有せざる人々』アーシュラ・K・ル・グィン著, 佐藤高子訳, 早川書房,1980〕 Octavia E. Butler, Wild Seed (New York: Doubleday, 1980). Marge Piercy, Woman onthe Edge of Time (New York: Knopf, 1976). Karl Schroeder, "Degrees of Freedom" in Ed Finnand Kathryn Cramer eds. Hieroglyph: Stories & Visions for a Better Future (New York: William Morrow, 2014). Karl Schroeder, Stealing Worlds (New York: Tor Books, 2019) AnnaleeNewitz, The Future of Another Timeline (New York: Tor Books, 2019). Cory Doctorow, Walkaway (New York: Tor Books, 2017). Malka Older, Infomocracy (New York: Tor Books, 2016).Naomi Alderman, The Power, (New York:Viking, 2017) Cixin Liu, The !ree-Body Problem(New York: Tor Books, 2014) .〔『三体』劉慈欣著, 大森望, 光吉さくら, ワンチャイ訳, 立原透耶監修, 早川書房, 2019〕Paolo Bacigalupi, The Windup Girl (New York: Start Publishing LLC, 2009)〔. 『ねじまき少女』パオロ・バチガルピ著, 田中一江 , 金子浩訳, 早川書房, 2011〕 Neal Stephenson, The Diamond Age (New York: Spectra, 2003).〔『ダイヤモンド・エイジ』ニール・スティーヴンスン著, 日暮雅通訳, 早川書房,2006〕.William Gibson, The Peripheral (New York: Berkley, 2019).

※4:Jacques Ellul, The Technological Society (New York: Vintage Books, 1964) .〔『技術社会』ジャック・エリュール著, 島尾永康, 竹岡敬音訳, すぐ書房, 1975〕 Paul Hoch, Donald MacKenzie, and Judy Wajcman, "The Social Shaping of Technology," Technology andCulture 28, no. 1 ( January 1987): 132 https://doi.org/10.2307/3105489. Andrew Pickering, "The Cybernetic Brain: Sketches of Another Future," Kybernetes 40, no. 1/2 (March 15,2011) https://doi.org/10.1108/k.2011.06740aae.001. Deborah Douglas, Wiebe E. Bijker,Thomas P. Hughes, and Trevor Pinch, The Social Construction of Technological Systems: NewDirections in the Sociology and History of Technology (Cambridge, Massachusetts: MIT Press,2012), 以下で読める: https://www.jstor.org/stable/j.ctt5vjrsq. Charles C. Mann, 1491:New Revelation of the Americas Before Columbus (New York: Knopf, 2005).〔『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』チャールズ・C・マン著, 布施由紀子訳, NHK 出版, 2007〕

※5:Daron Acemoglu and Simon Johnson, Power and Progress: Our !ousand-Year Struggle overTechnology and Prosperity (New York: Public Affairs, 2023) .〔『技術革新と不平等の1000 年史』ダロン・アセモグル, サイモン・ジョンソン著, 鬼澤忍, 塩原通緒訳,早川書房, 2023〕

※6:Nestor Maslej, Loredana Fattorini, Erik Brynjolfsson, John Etchemendy, Katrina Ligett, Terah Lyons, James Manyika, Helen Ngo, Juan Carlos Niebles, Vanessa Parli, Yoav Shoham, Russell Wald, Jack Clark, and Raymond Perrault, "The AI Index 2023 Annual Report," AI IndexSteering Committee, Institute for Human-Centered AI, Stanford University, Stanford, CA,April 2023.

※7:Pitchbook, "Crypto Report" Q4 2023 at https://pitchbook.com/news/reports/q4-2023-crypto-report.

※8:研究諮問企業Gartnerの報告によれば,AIに対する政府支出は全世界で2021年に370億ドルとなり,対前年比で22.4%増加.AI投資では中国が筆頭だ.中国企業は2017 年に250億ドルを投資したが, アメリカは97億ドルだった. 2021年にアメリカ上院は半導体研究開発への520億ドルを含む, 2500億ドルの法案を可決し, これは米国のAI能力を高めると期待されている. さらに同年, EUは人工知能, サイバーセキュリティ, スーパーコンピュータへの83億の投資を発表した. EUのデジタル10年計画の一環である. 2021年に日本銀行は中央銀行デジタル通貨(CBDC) の実験を開始し, 中国人民銀行は数都市でデジタル人民元試験プログラムを開始した.

※9:Google nGrams viewer https://books.google.com/ngrams から導出.

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