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「人に迷惑をかけてはいけない」は間違い? 臨床心理士が教える心の守り方

東畑開人(臨床心理士)

2026年02月18日 公開

「人に迷惑をかけてはいけない」は間違い? 臨床心理士が教える心の守り方

「こんなことを相談するのは恥ずかしい」「自分のことは自分で何とかしないと」ーー悩みがあっても、誰にも相談せず、一人で抱え込んでしまいがちではないでしょうか。しかし、自分で考えてもなかなか解決の道が見いだせないことは多いもの。臨床心理士の東畑開人氏が、人を頼ることや、ちょっとした雑談、愚痴の心理的メリットを語ります。(取材・文:社納葉子)

※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

小さな声に意識をしっかりと向ける

私たちは「心」という言葉を日常的に使っています。まるで「心」が存在するのが当たり前のように。しかし実際には「心」は見ることも触れることもできません。私たちが言う「心」とは、いったいどんなものでしょうか。

私は、心は一つになったり複数になったり、あるいは心がなくなったりと、その時々に応じてさまざまに変化すると考えています。

たとえば誰かに何か言われて傷ついたとき、「傷ついている自分」と「傷ついていることについて考えている自分」という2人の自分がいて対話をしています。これは「心が見えている」状態です。

逆に「心が見えない」のは、意識が外に向かっているとき。「あの人が何か言ってくるんじゃないか」「この仕事をどうにかしなきゃ」と自分のことではなく外部のことを考えているときは、心は一つになっている状態です。一つしかないから、心について考えることはありません。心とは、そんな逆説的な存在なのです。

「心を大事にしましょう」「心の声を聞きましょう」と言いますが、心の声を全部聞いていたら大変です。会議に参加しながら別のことが気になったとしても、まずは会議に集中しなくてはなりません。そして、目の前にある「今すべきこと」を優先し、「小さい声」は無視してしまうほうが心はラクになるのです。

しかし、無視できないほど響いてくる声もあります。そんなときは、響いてくる小さな声に意識をしっかりと向けましょう。そういうときに、私たちは「心を大事にしている」と言えるのだと思います。

 

頼られて迷惑に思う人は少ない

心が一つになったり二つになったり、時には見えなくなったり。「ややこしいじゃないか。いったい心がいくつある状態がラクなんだ」と思われるでしょう。

これは状況によって違います。暴力的な状況におかれていたり、お金がまったくないなど、現実が本当に危険なときは、心を一つにして考えなければいけません。

しかし、味方がいたり、多少のお金があったりと、「命にかかわるほどの危険はない」というときもあります。一定の安全が確保されているときには、心を二つにして、自分のなかで「ああでもない、こうでもない」と悩んだほうがいい。悩むことには価値があります。

自分の状況を客観的に判断するのは、なかなか難しいものです。自分では絶望的だと思っていても、他人に聞いてみると、「そうでもないよ」という場合がけっこうあります。

これは冒頭で紹介した「心が二つある」に通じる話で、「大変だ」と思っている自分のほかに、その自分を客観的に見つめてくれる存在が必要だということです。

私たちは小学生のころから「自分のことは自分で何とかしなさい」と教え込まれてきました。「人に迷惑をかけてはいけない」「プライベートな問題を公に持ち出すのは恥ずかしい」という日本独特の文化もあります。そのため、私たちは他人に相談することに高いハードルを感じます。

しかし、考えてみてください。誰かに「折り入って相談がある」と言われたら、「おっ」とうれしくなりませんか? 頼られたり、役に立てたりするのを迷惑に思う人は少ないのではないでしょうか。自分で自分のことを全部処理しなければいけないと思い込まず、誰かにちょっと判断を預けたり処理してもらったりすることで、心はラクになるのです。

 

自分の「小さな物語」を大切にする

世の中で日々注目されるのは「大きな物語」です。たとえば、新型コロナウイルスの脅威、国政選挙があれば、「国の未来を考えよう」という大きな物語が語られます。

もちろん、これらも大事なことですが、私たちはそれぞれ、けっしてニュースにならない「小さな物語」を生きています。親との関係、子どものころにとても傷ついた出来事、忘れられない記憶─それらはとても個人的な、しかし、ものすごく大切な物語なのです。

コロナ禍もあって、人々の間に不安や不信が高まり、大きな物語ばかり語られがちです。しかし、個人的な話を「それがどうした」と軽視する風潮は危ういと私は感じます。

身近な人や信頼できる人に、自分の物語を話す時間を持ちましょう。お互いの関係が深まるだけでなく、自分自身への理解も深まります。「あのとき、なぜあんなことをしたんだろう」と自分でも理解できなかったことも、あとで振り返ることで、物語化され、「心が見えてくる」のです。

 

現実は変わっていなくても

私は心理士としてクライエントの方と日々向き合っています。カウンセリングのおもしろいところは、話す内容が決まっていないことです。大人になると、何をするにも目的が決まっているものですが、目的や意味のない時間を過ごすなかで漏れ出てくる話や言葉に、「こんな人だったのか」「そんなふうに思っていたのか」という発見があります。いわば「二度目の出会い」ですね。

そういう意味では、移動や待ち時間など無駄な時間の多い旅行がおすすめです。そんな時間をともに過ごすうちに、ふと「あれを話してみようか」という気になる。それこそが人間関係の深まりへとつながり、何でも一人で抱え込んでいた自分をラクにしてくれます。

日常的な心のケアとしては、人に愚痴を言うこと。「人の悪口を言うなんて」と我慢せず、それなりに口の堅い人や利害関係のない相手を選んで、愚痴はどんどん言いましょう。

結局、心をラクにするには「他人」が必要なのです。「孤独だったんだね」と言ってもらうだけで、現実は変わっていなくても心はスーッとラクになります。あなたの心の重荷を、ちょっと人に預けてみてください。

プロフィール

東畑開人(とうはた・かいと)

臨床心理士

1983年、東京都生まれ。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。精神科クリニックでの勤務を経て、白金高輪カウンセリングルーム主宰。『カウンセリングとは何か』(講談社現代新書)など著書多数。

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