岩田規久男・増税する前に名目成長率を上げよ
2013年03月29日 公開 2022年12月08日 更新
増税する前にやるべきことがある
すでにご理解いただけたかと思いますが、私がここで言いたいのは、増税する前にやるべきことがもっとあるだろう、ということです。
インフレ目標を導入して税収がどれだけ増えるのかを見る。国債残高のGDP比の変化も確認する。穏やかなインフレになれば、景気もよくなっていくはずですから、基礎的財政収支がどう変化するかを見て、それから増税しても遅くはありません。
先に増税から入るとうまくいきません。失敗すると思います。
これまでは増税を先に行ない、名目成長率を上げるということを一切してきませんでした。日本の1995年から2012年までの平均名目成長率はマイナス0.2%です。そのため、2012年の名目GDPは17年前の1995年よりも5%も低いのです。たいていの国は、名目成長率は3~4%です。オーストラリアは7%、アメリカで5%強です。
オーストラリアのように名目成長率が7%ですと、名目GDPは10年で倍になります。ところが、日本の場合は、マイナス0.2%ですから、名目GDPはどんどん減少してしまいます。
名目成長率の威力にはすごいものがあるということです。7%とマイナス0.2%では当然、税収も大きく違ってきます。
大胆な金融緩和と規制緩和が必要
では、景気浮揚のために今やるべきことは、具体的に何なのでしょうか。
必要なのは、大胆な金融緩和です。円安にして株価を上昇させ、成長率を上げていかなくてはなりません。
もう1つは規制穏和などの構造改革です。いろいろな分野で規制を緩和すれば、新しい産業も生まれるでしょう。
こうしてデフレ脱却しながら、成長率を引き上げていけば、国民全体が分かち合えるパイが大きくなります。そうなると構造改革もやりやすくなります。構造改革で敗れた人、失業した人も新しい分野に参入しやすくなるでしょう。
たとえば介護や保育はどうでしょうか。この分野はまだ規制緩和が進んでいません。逆に言えば、他の分野で失敗した人が入っていける余地があるということです。
もうこれ以上の需要がないのでは? と考えている人もいるかもしれません。現状ではそうかもしれませんが、それは需要がないのではなく、お金を出せる人がいないだけです。「子供を預かってもらいたいが、お金を出せない」ということです。要するに、潜在需要はあるということです。このような層は、成長率が上がればお金を出せるようになります。そうなると需要が出てきます。
現状では、介護士や保育士の試験はけっこう難しいようで、その分野に入っていくためには高いハードルを越えなくてはなりません。難しい試験に合格した人を置かないと介護施設や保育所を開業できません。要するに、参入規制しているわけで、このあたりも規制緩和で参入のハードルを低くすれば、他の分野で失敗した人や失業した人も入っていきやすくなります。
アメリカでも、健康や介護の分野での需要が多くなっています。住宅分野は落ちていますが、また盛り返すでしょう。ただ、製造業はどんどん減っています。これからの日本もサービス産業が中心になっていくでしょう。
日本はいつまでも製造業に頼っていますが、規制緩和とデフレ脱却を進めれば、新しい産業がいろいろと台頭してくるでしょう。
経済政策を間違えると、2014年4月は危機的な状況に
1997年の消費税率引き上げ時もそうでしたが、引き上げ前に駆け込み需要があり、引き上げられた後はその反動もあって、需要がぐっと減ります。今回も私はそれを心配しています。
一番心配なのは住宅です。土地の売買には消費税はかかりませんが、上物だけでも2000万程度はします。消費税10%なら、200万円です。頭金をもう1つ余分に用意しなければならないような額です。そのため、住宅産業は相当冷え込むと思います。
もう1つは耐久消費財です。こちらは自動車など値が張るものが厳しくなるでしょう。
当然、猛烈な駆け込み需要があるでしょう。時期で言うと2013年未から2014年3月いっぱいとなります。
問題は、駆け込み需要によって、景気が一瞬よくなったように見えることです。所得税収も増えるでしょう。しかし、あくまで一瞬のことです。ここで「大丈夫」などと思い込み、景気対策を怠ると、とんでもないことになります。
2014年という年を考えてみると、世界経済はヨーロッパ発の不況の影響から十分には立ち直っていないでしょう。金融政策が日銀レジームのままであれば、円高も改善されていないし、増税後ということで内需も急激に落ちるはずです。
というわけで2014年4月頃から、かなり危機的な状況になってしまうのではないでしょうか。需要は出てこないで供給が減るから当然、縮小経済となります。
経済政策の順番を間違えると、とんでもない事態になるということです。
なぜ、過去の苦い経験から学ぼうとしないのか
つまり、増税というリスクをとるのではなく、インフレ目標を導入し、名目成長率を上げて需要を喚起すればよいのです。そうすれば円安にもなりますし、韓国との競争力も出るでしょう。シナリオとしてはこちらのほうがずっと安全ですし、確実性が高いと思います。何も今、増税というリスクを冒す必要はありません。
最大のリスクは、成長率が落ちれば税収が減るということです。1997年の消費税増税時がまさにそれで、1998年、1999年は、所得税減税や恒久減税をしなければならない状況に追い込まれました。このような過去の苦い経験から、どうして学ぼうとしないのでしょうか。
前回の増税時は、景気が悪くなったのをアジア通貨危機のせいにしました。今回はユーロ圏の債務危機のせいにするのでしょうか。
前回がアジア通貨危機で今回がユーロ圏債務危機。構図的には両者は似ています。そして、1998年と1999年がマイナス成長だったように、今回もマイナス成長になる可能性は決して低くありません。
税収が増えない増税に意味はあるのか
ここはひとつ、日銀にしっかりしてもらうしかありません。
円が2012年11月初旬時点の80円台から100円、さらに100円超の円安になれば、輸出産業は完全に復活します。現況は輸出頼みですから、ここを先にやらないといけません。
今は世界的に悪い時期です。2013年2月現在、ユーロ圏は小康状態にありますが、いつまた危機的状況に陥るかわかりませんし、アメリカもそれほど元気がありません。中国も減速しています。
今回は消費税率引き上げの条件として「経済状況を好転させること」となっていますが、財務省には先延ばしする気はないでしょう。
本来なら増税を行なうタイミングは、インフレ目標を導入し、ある程度成長率が上がって安定したときです。そうなれば、「名目成長率がこの程度なので税収はいくら不足する」など、数字がはっきり見えてきます。
デフレのまま消費税を上げても税収は増えません。そんな増税に意味がないことは、火を見るよりも明らかです。
岩田規久男
(いわた・きくお)
学習院大学経済学部教授
1942年、大阪府生まれ。1966年、東京大学経済学部卒業。1973年、同大学大学院博士課程修了。上智大学教授を経て、1998年より現職。
主な著書に『昭和恐慌の研究』(編著、第47回日経・経済図書文化賞受賞、東洋経済新報社)『ユーロ危機と超円高恐慌』『日本銀行 デフレの番人』(日本経済新聞出版社)など多数。