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生き方

標高6500mで生死の境に立っても心は折れなかった 写真家・上田優紀さんが決めた生きる意味

上田優紀(ネイチャーフォトグラファー)

2026年05月28日 公開

標高6500mで生死の境に立っても心は折れなかった 写真家・上田優紀さんが決めた生きる意味


撮影:上田優紀(ボリビア ウユニ塩湖 2016)

ネイチャーフォトグラファーの上田優紀さんは、ヒマラヤや南極、クジラが泳ぐ海中まで、ほとんどの人が足を踏み入れることのできない世界の絶景を撮り続けています。2026年6月には、10年間の活動で撮影した約100点を収録した写真集『ARCA』を出版。その発売を前に、活動への向き合い方や、過酷な旅の中での心持ちをうかがいました。

 

地球の誕生になぞらえた一冊

上田優紀

――今回新しくフォトエッセイが発売されるということで、まずは見どころをお聞かせいただけますか。

【上田】ネイチャーフォトグラファーとして10年ほど活動してきたんですが、この写真集にはその10年間の全ての写真が入っています。ネイチャーフォトって、山岳写真家は山の専門、動物写真家は動物だけ、水中写真家は海の中、といろんなジャンルがあるんですけど、僕はその全部を撮っているという意味で、世界でも自分一人しかやっていないようなことをしています。

この写真集のタイトルは「ARCA」といって、ラテン語で方舟という意味です。今の人たち、未来の子どもたちに、この地球上にある海から山まで、多くの人が行くことができない風景を伝えられるような写真集になっています。

――10年間ということは、今までのご活動の集大成とも言えるのでしょうか。

【上田】そうですね。27、8歳で独立してこの活動をはじめて、今38なので、ちょうど10年目、11年目ぐらいですね。この10年間で撮ってきた写真と、少しテキストも書いています。

地球の誕生になぞらえて、海から始まって、大地ができて、生物が生まれて、山ができて、宇宙まで行く、というストーリーで構成されています。クジラなど水中の写真から始まり、南極、アイスランド、ウユニ塩湖で40日間テントを張って撮影したもの、希少な動物のセクション、北極のシロクマから南極のペンギン、ゴリラなど。最後は人工衛星のカメラで撮影した宇宙の映像で締めくくっています。

――実在しているとは思えないほどの風景ばかりです。

【上田】そういう風景が、この地球にはまだまだ溢れていて、ほとんどの人がそこに行くことはできない。でも僕はたまたまそこに行ける体を持っているので、行って写真で撮って、行くことができない人、知らずに終わる人たちに、こういう風景が広がっていることを伝えることで、見た人の心が少しでも豊かになればいいなと思いながら活動しています。

 

写真家になるとき、生きる意味を決めた

撮影:上田優紀
撮影:上田優紀(カナダ ブリティッシュ・コロンビア 2024)

――なかなか見ることができない風景を見に行く衝動、意欲はどこから来るんですか?

【上田】決めちゃったんです。僕が生きる意味をこれにしようと。この人生で生きている理由を、写真を人に届けて誰かの心を少しでも豊かにすることにしよう、と。写真家になると決めた時に、そう決めてしまったので。

――それを主軸とされているのですね。

【上田】多くの人が会社に行くのと同じような感覚でやっていると思います。命をかけるのが当たり前というか、これのために全部生活している、これが中心の生活なんです。

――動物たちを間近で見る恐怖だったり、自然の中で不安を感じたりすることはありますか?

【上田】動物は怖くないですね。できるだけ彼らとの距離感を守り、ストレスを与えないように。クマの写真もありますが、餌がたくさんある時期に行ったり。表情を見ていると何となくわかるんですよ、イライラしているなとか、距離を詰めてはいけないなとか。言葉は通じないけどコミュニケーションは取れる。それを守っていれば、動物は怖いと思ったことは一回もないです。

ただ、山はコントロールできないところがとても多い。実力として登れる山でも、天気が悪ければ死んでしまう。怖いから、死ぬかもしれないから行かない、ではなく、死なないための最大限のトレーニングと準備をするけど、それでもどうしようもないのが自然。人間が太刀打ちできない時は何もできない。だからこそ美しくもあります。

 

40日間ウユニ塩湖から帰れなかった

撮影:上田優紀
撮影:上田優紀(ボリビア ウユニ塩湖 2016)

――旅は一人で行かれるのですか?

【上田】基本的には一人です。ヒマラヤ登山は山岳ガイドをしてくれるシェルパ族の人と二人だったり、先住民の許可がないと入れない森はガイドと一緒に入りますが。クジラの撮影も船を出してもらう必要があるので、現地の漁師さんにお願いします。でも5、6人でパーティーを組んで行くようなことはありません。

――一人の時間が長いと思うのですが、移動中や宿泊時、どんなことを考えながら旅しているのでしょう?

【上田】雲を見たり、風景を見たり。自然を感じながら旅をします。風の音を聞いたりとか。それが楽しいので。

自然の中に入っていくことは、風景を届けるためにもすごく大切だと思っています。空気がどうだったか、風がどうだったか、香りがどうだったか、そういう要素も伝えなきゃいけないと思っているし、自分自身もそういう自然の中にいることがとても好きなので。難しいことを考えるわけではなく、ただその中で過ごすことが幸せな時間です。

――孤独や寂しさは感じませんか?

【上田】基本的にはないです。ただ、ウユニ塩湖に40日滞在した時はさすがに孤独を感じました。あれは独立してから一番最初の撮影で、自然の中で撮影することがどういうことかもわかっていない頃でした。

40日間誰とも話さないことが20数年の人生にはなかったので。孤独感というか、ここで死んでも誰にも見つからないで終わるんだろうな、という感覚はありましたね。

――ウユニ塩湖の周りには遮るものも何もなさそうですね。

【上田】広いんですよ。秋田県ぐらいはある。観光客が行くのはその端っこなんですが、僕は誰も見たことがないウユニ塩湖を撮るために、もっと真ん中の方に行かないといけないと思って、周囲何十kmも誰もいないような場所でテントを張って撮影していました。食料と水も40日分持ち込んで。

――40日間...極限ですね。

【上田】正直、もう一回やるとなれば嫌ですね(笑)。最初の2週間は雨が降らなくて、ずっと待ちの状態が続いたんですが、ようやく雨が降ってくれて撮影ができました。待ってて良かったと思いました。

というか、40日経つまで帰れなかったんですよ。

ウユニ村で偶然声をかけてきたボリビア人に、塩湖の中心部まで車で送ってもらい、「40日後に迎えに来てくれたらお金を払う」と約束していたんです。

最終日の朝は、「忘れてるかもな、名前しか知らないけど大丈夫かな」とさすがにドキドキしました。でも、暇だったのか、ちゃんと来てくれましたね。

 

生死にかかわる状況で、どんなことを考えるのか

――旅のなかで何か予想外のことが起こった時、不安やパニックになることはありませんか?

【上田】不安もパニックもないですね。その状況を受け入れて、どう乗り越えるかが一番大事だと思います。

エベレストを登っている途中で天候が悪くなって、標高6500mでビバーク※せざるを得なくなったことがあります。登れないし下りれないし、救助も来れない。10日間天気が悪ければ死んでいただろうという状況で5日間過ごしました。

そういう時に怖いとかはなくて、どうこなすか、そのために何をしなきゃいけないかを考える。食料を1日これぐらいに抑えよう、体力を使わないために余計なことを考えるのもやめよう。思いつくことを全部やって、それでダメならしょうがない。

――考えることも体力を使うからやめるという発想が新鮮です。

【上田】科学的に正しいかどうかはわかりません。その時そう思っていただけです。考えすぎてメンタルがマイナスになると足が進まなくなる。身体を支えているのはメンタルだし、メンタルを支えているのは身体で、どちらかが前を向いていると意外と足は進んでくれる。だからネガティブなことをあまり考えないようにしている部分はありますね。

――心が折れそうになる瞬間はありますか?

【上田】ほとんどないですね。天気が悪くなって突っ込んだら死ぬと判断して撤退したことは何回もありますが、気持ちが向かないからやめたことは一回もない。山だけじゃなく、何においても。

先ほどお話ししたように、自分の生きる意味は"写真を届けること"で、そこが根っこにあるからずっと前を向いていられる。メンタルを安定させているのは、多分そこだと思います。

※ビバーク=緊急の露営。予定外の場所での宿泊を余儀なくされること。

(取材・執筆・撮影:PHPオンライン編集部 片平奈々子)

プロフィール

上田優紀(うえだ・ゆうき)

ネイチャーフォトグラファー

1988年、和歌山県生まれ。京都外国語大学を卒業後、24歳の時に世界一周の旅に出かけ、1年半で45ヶ国を回る。帰国後は株式会社アマナに入社。2016年よりフリーランスに。
2018年にアマ・ダブラム(6,812m)、2019年にマナスル(8,163m)、2021年にはエベレスト(8,848m)登頂。「想像もできない風景は見た人の心を豊かにする」を信念に、世界の極地や野生動物の撮影を積極的に行っている。著書に『空と大地の間、夢と現の境界線 ─EVEREST─』(玄光社)、『エベレストの空』、『七大陸を往く 心を震わす風景を探して』(ともに光文社新書)がある。

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