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茂木健一郎「脳の働きを変える一番いい方法は、“感動する”こと」

茂木健一郎(脳科学者)

2013年05月14日 公開 2024年12月16日 更新

茂木健一郎「脳の働きを変える一番いい方法は、“感動する”こと」

※本稿はPHP文庫『脳が変わる生き方』より一部抜粋・編集したものです

 

変わるための最高の方法は「感動」

自分の脳の働きを変える一番いい方法は、「感動する」ということです。感動することほど、人を変えることはありません。逆に言うと感動は、人間を変えてしまう「劇薬」です。

今までの人生を振り返ってみてください。何に感動したかで、おそらく、その人の人生は決まっていると、私は思います。それぐらい感動というのは、根深い。

ライアル・ワトソンという動物行動学者がいます。世界各地へ出かけていって、その自然や文化を見て、美しい文章に表現した人です。そのライアル・ワトソンがまだ若かった頃に、インドネシアのある島に行って、夜、ボートで海に漕ぎ出した。すると、海の底のほうから、1つまた1つと小さな明かりが上がってきて、気づいたら、そのボートが光で取り囲まれていました。

イカが発光しながら、集まってきたのです。ボートがゆらめくと、イカたちの光もゆらめいて、ボートの端をたたくと、その光も一緒に振動するようにヴァーン、ヴァーンと動く。その感動的な体験が、ワトソンの人生を決定づけました。

ワトソンはそのとき、考えた。イカたちは非常に精巧な眼球を持っていて、この眼球は、イカのあの貧弱な中枢神経系では処理しきれないくらいの情報を扱っている。ではなぜ、イカはこんな精巧な眼球を持っているのか。

ワトソンはそこで、イカは自分のためではなく、何かもっと大きなもののために世界を見ているのに違いない、という直観を得る。その体験が、後の『水の惑星』や『風の博物誌』などの、一連の仕事につながっていきました。

そのときのワトソンの感動を、想像してみてください。そういうときに、「あれはイカだ」とか「ルシフェリン・ルシフェラーゼで光っている」とか、つまらない分析をして片付けてしまう人だったら、あれだけのメッセージは得られないでしょう。ワトソンは、何かを見てしまった。こういうものを見たときに、何を感じるかで、その人の人生は決まるのです。

もう1つ例を挙げると、生命を人工的につくろうという「人工生命」という分野があります。そのパイオニアになった、クリストファー・ラングトンという人の話です。

ラングトンがある夜、1人で研究室で仕事をしていたら、フッと後ろに誰かがいる気配がして、「何だろう」と思って振り返ってみました。

しかし、そこにあったのは、コンピュータのスクリーンに、白と黒がシミュレーション・パターンで点滅する。ライフゲームだった。普通の人だったら、「なんだ、ライフゲームか……」と思うだけでしょう。

しかしラングトンは、「このライフゲームは、確かに生きている!」という、強い直観を得たのです。それが、人工生命という研究分野が立ち上がる、決定的なきっかけとなりました。

あるいは、近代日本を代表する文芸評論家の小林秀雄さん。小林さんは、戦後すぐにお母さんが亡くなって、そのことが日本が戦争に負けたことよりも、自分にとってはずっと大きな出来事だった、と書いています。

ある日、鎌倉の扇ヶ谷というところを歩いていました。お母さんの仏壇に灯すロウソクが切れたのに気づいて、買いに出かけたのです。

歩いていると、ずいぶん大ぶりの蛍が、1匹飛んでいる。そのとき唐突に、「ああ、おっかさんは今、蛍になっている」と思う。

それが、アンリ・ベルクソンという哲学者を論じた未完の作品、『感想』の冒頭に書かれていることです。このようなとき、ただ「ああ、蛍ね……」と思う人もいる。あるいは「おっかさんの魂が蛍になっているなんていうのは、迷信だ」と嗤う人もいる。しかし、それを見た小林さんが深く感動したという、そのことがやはり大事なのです。

感動できるという能力、つまり自分が楽器だとすると、その楽器をどれくらい大きく鳴らせるか――人と会って大切な話をしているとき、あるいは、何か心動かされる物事と向き合っているとき、人生の大事な局面に佇んでいるとき、自分という楽器をどのくらい大きな音で鳴らせるか――、そのことで、人間の器は決まるのです。

小さくしか鳴らせない人は、小さな人になってしまうのです。大きく共鳴できる人は、大きな人になるのです。

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