36年間で初めて相方に心配された 前説芸人はりけ〜んずが語る「ついにプレーヤーになった日」
2026年06月19日 公開
はりけ〜んず(前田登、新井義幸)が6月19日、初の自伝本『前説芸人 主役になれなくてもこの場所で生きていく』(6月26日発売、ヨシモトブックス)の出版を記念した合同取材会に出席しました。後輩芸人・タケトの進行のもと、36年のコンビ歴を振り返りながら本書への思いを語ってくれました。
吉本東京支社の「草創期」を支えた二人
前田さんが吉本興業に入ったのは、大阪・心斎橋二丁目劇場のオーディションに合格した高校2年生のとき。同じオーディションで通ったのが、のちに新喜劇の顔となる島田珠代さんでした。その後、東京へ渡り、まだ社員が3人ほど、芸人も20組ほどしかいなかった東京支社時代を経験します。
「レンタルハウスみたいな地下の場所で、舞台の木材を一階から運んで、照明も音響も自分たちでやって、チケットもぎりだけ吉本の社員さんがやってくださるという状況でした」(前田さん)
まさに手作りの劇場から始まった東京吉本。
前田さんと相方・新井さんの出会いも、この時代にさかのぼります。バイト先の喫茶店に「関西弁の役者志望」として入ってきた新井さんに声をかけてコンビを結成したのが1990年のこと。「ブラックレインを見て俳優を目指していた」という新井さんを、タケトが「顔だけアップで撮っておいてください」と笑いを誘うひと幕もありました。
M-1に出られなかったからこそ、「前説のプロ」になった
はりけ〜んずとM-1グランプリの関係は、少し複雑です。M-1が第1回大会を開催した2001年、二人はすでに結成11年目。出場資格の「結成10年以内」をわずか1年オーバーしていたのです。
「M-1を立ち上げる時に、紳助さんから『お前ら売れるチャンスも辞めるチャンスもなくなったな』と言われましてね。また普通に前説やっとけっていう話で(笑)」(前田さん)
こうして出場の道が閉ざされる一方で、二人にはMC経験があった。「M-1に出られないのが僕らだけだから、空いてるのが僕らだけだった」という流れで、M-1予選のMCを任されるようになります。
以来20年以上にわたり、無数の芸人の人生が変わる瞬間を袖から見届けてきた二人。その経験から生まれた「前説の極意」は、後輩MCたちにも受け継がれています。
「お客さんが疲れてきた時間帯には、あくびと伸びタイムを作ったんです。審査員に聞こえるように『お客さん、朝から8時間経ってますよ』と言って、後半に出る芸人さんへの配慮を促す。これは僕らが自分たちで決めた制約でした」(前田さん)
芸名が変わった芸人をいじらない、時事ネタをMCで先に言わない──そうした細かな配慮の積み重ねがプロの誇りとなり、今ではM-1予選会場のMCはバインダー持参が定番に。「あれはりけ~んずさんの老眼対策が広まったんです」とタケトが明かすと、会場に笑いが広がりました。
THE SECONDで初めて「プレーヤー」になった
転機は2023年、15年以上のキャリアを持つベテランが出場できる漫才大会「THE SECOND」の創設です。しかし、エントリーを決めるまでの道のりも一筋縄ではいきませんでした。
「メッセンジャーとか矢野・兵動とか、同年代の人らが出るのかどうか様子見てたんです。誰も出ないから、前日ギリギリにエントリーした。出たら恥ずかしいかなって気持ちが正直ありましたから」(前田さん)
初めて「プレーヤー」として予選会場に立った時の心境をこう振り返ります。「自分がプレーヤーなのに、プレーヤーの気持ちになれなかった。会場全体を見渡すMCの目線が染みついていて」と前田さん。さらに、密着カメラが来るたびに体が反応してよけてしまっていたことも告白。「ハンドマイクを持っていないことへの違和感がすごくて」という言葉に、長年の「前説芸人」としての感覚がにじみ出ていました。
3年目、新井さんのコロナ感染のためギリギリの状況で臨んだ予選。「このネタで落ちたら来年から出ない、と二人とも決めていた」という覚悟で挑んだ漫才は、会場を沸かせ、ついにベスト4進出を果たします。
決勝の舞台袖では、緊張からいつもと違う行動に出たことも明かしてくれました。
「囲碁将棋の根建が、舞台袖で『あ〜あ〜』ってやってて。聞いたら、それをやると噛まないんですって。だから僕も舞台袖で『あ〜あ〜』ってやってたら、新井が心配して『大丈夫か?』って声をかけてきた。36年間で初めて、僕が壊れてると思ったんでしょうね」(前田さん)
「決勝のセットを、僕は21年間M-1に関わってきて一度も見たことがなかった。敗者復活戦はずっと外の別会場でやってたから。自分が出るって決まってからも、違和感しかなかったですね」(前田さん)
「MCだけで、家族を養い、家を買った」
記者からは、20年以上にわたるM-1予選MCとしての「印象に残る場面」を問う質問も飛びました。前田さんが挙げたのは、アマチュア時代から見守り続けた芸人たちの姿です。
「ザ・たっちはアマチュアで事務所にも所属していないのに、M-1の準決勝まで行ったんですよ。それで大会後にそのまま事務所に声をかけてもらって、翌年から所属になって。そういう瞬間を間近で見てきました」(前田さん)
さらに、今俳優として活躍するまえだまえだについてのエピソードも。「当時まだ小学生で、M-1の準決勝まで行ったんですよ。敗者復活戦の楽屋で兄弟喧嘩してたのを僕が止めて。止めた僕も前田、止められたのもまえだまえだ、お母さんも横にいたのに止めへんから、その場では俺が父親みたいになってました」と話し、会場を沸かせました。
「前説ばっかりやってる芸人さんがいるけど、番組の前説だけが前説じゃない。M-1の予選MCだって前説みたいなもんで、腐らずにそれをやり続けてたら、知らん間にネタが膨らんでる。急に大会に出ようってなった時にネタがあったのは、そのおかげだと思っています」(前田さん)
本書の帯には「主役を輝かせるためのMCだけで、家族を養い、家を買った」というコピーが記されています。お二人は「恥ずかしい」「失礼な!」と苦笑いしながらも、本書を読んでほしい相手として、同じような立場で舞台に立ち続けている後輩芸人たちを挙げました。
新井さんも「こんな自伝本を出すなんて、うちの母はいまだに嘘だろって言ってる。これを送りつけて本当だぞと証明したいです」と笑顔で締めくくりました。








