未来を自分でつくる時代に――成功の尺度はおカネにあらず
2014年01月10日 公開 2023年01月11日 更新
《『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2014年1・2月号Vol.15[特集]成功とは何か より》
一流大学を出て一流企業に入ることが人生の成功経路であるかのような見方が依然として根強い日本。一方で、そのような固定観念を打破しようと、若い世代の起業が増えたのも事実である。しかも近年は、カネ儲けを第一の目的とせず、事業をとおして社会貢献しようという社会起業家が続々と登場している。日本人の成功観に何か変化が生じているのか。学生起業支援のパイオニアであり、みずからも社会起業家として知られる宮城治男氏がこの20年を振り返りつつ、新たな成功のかたちを熱く語る。
<取材・構成:齋藤麻紀子/写真撮影:永井 浩>
大学の先輩が軒並み大企業に就職
人生の選択肢が少ないことに疑問
大学在学中の1993年に学生を対象とした起業支援や人材育成の事業を始めました。その後、事業は発展し、今は多くの企業や公共団体からの協力を得ながら、社会起業家の支援や、東日本大震災で被災した地域の復興事業に対する人材派遣なども行なっています。
活動を始めた背景には、大学時代の先輩たちの姿があります。団塊ジュニア世代の私は、平和で物質的にも豊かという、非常に恵まれた環境のなかで育ってきました。しかしその恵まれた環境ゆえ、中高生のころから、「なぜ学校の勉強が必要なのか」「何のために働くのか」といったことを素朴に考えていました。大学に進学した際、こうした疑問に対する解答、つまり生きがいのようなものが何かみつかるだろうと、期待に胸を膨らませたものです。
実際、私が進学した早稲田大学には、生きがいを持って活動していると感じられる個性的で魅力的な先輩たち、たとえば音楽や演劇にどっぷり浸かっている人、海外に飛びだしていく人、政治やマスメディアのあり方を変えたいとがんばる人などが、たくさんいました。でも、どういうわけか4年生になると皆、「大手企業に就職が決まった」などと喜んでいる。働きがいではなく、大学受験のときと同じように偏差値順で就職先を選んでいるようで、違和感を覚えました。
それに、就職をあんなに喜んでいた先輩方が卒業後に大学に遊びに来ると、勤務先や世の中への不満ばかり口にしている。一生懸命勉強して大学に入り、がんばって大手企業に入ったのに、その先に待っているのはこのような人生なのかと、私の疑問は解決されるどころか、ますます深まるばかりでした。
私の大叔父は20歳ぐらいの若さで戦死したそうです。当時の多くの若者が平和や繁栄の実現を願いつつも亡くなったあと、その平和や繁栄を謳歌しているはずのわれわれ世代は、こういう先輩方のような生き方しか選べないのかと、やり切れない思いに苛まれました。戦時中の若者に比べれば比較できないほどの自由を享受しているはずなのに、人生の選択肢がどんどん狭まっている。
こうした状況はやはりまずいというか、有能な学生がたくさんいるのにその能力が生かされておらず社会の損失ではないか、という問題意識を持っていたところ、起業家という生き方に出合い、突破口が開けてきたのです。
学生の起業支援の先駆け
起業に究極的能動性をみいだす
自分のやりたい仕事をするために就職するというよりもむしろ、世間体や親の期待など、自分ではなく社会の決めた序列の上位をめざす。これでは自分で道を切り開くという意識をなかなか持てない――。
こんなことを思い悩んでいたころ、起業支援の組織でアルバイトをしている先輩からたまたま、「会社は自分でつくることができる」と教わりました。どうやら起業すれば、みずから仕事を生みだすことができるし、自分の人生を自分で切り開くこともできるらしい。学生の私は、会社は就職するところという観念はあっても、自分でつくるなんて考えたこともなく、衝撃を受けました。究極的に能動的・自己責任的な生き方は起業にあるのだと。
しかし、ただちに自分が起業をしようとは思いませんでした。どうも私にはおせっかい好きなところがあり、「起業家になるべき有能な人がたくさんいるのにもったいない、そういう人たちに起業のチャンスがあることを伝えなくては」と、学生向けの起業支援事業を考えたのです。そこでそのための勉強会を立ち上げ、ETIC.という団体を設立しました。起業志望の学生たちを集めて、中小企業の経営者の話を聴いたり、事業計画書を作成したりすることからETIC.はスタートしたのです。
起業支援ではあれ、私には人材育成という教育的観点もありました。起業という能動的な生き方を手に入れることで、旧来の尺度や世間体にとらわれず、自分自身で目的意識を育み、人間的に成長していくという教育効果が発揮されると考えたからです。
若者の起業支援や人材育成を始めたことの背景にはもう1つ、私の祖父と父からの影響もあるかもしれません。
祖父は明治生まれの教育者で、校長先生をしていました。私自身が起業家の道をめざさず、おせっかいにも若者の支援を続けているのは、祖父の教育者としての視点があるのだと思います。学生時代、共に活動していた仲間は企業に就職しましたが、私だけは「起業家という生き方を知ったら燃える人がいるだろう」「もっと世の中に広める必要があるのではないか」といった信念からやめるにやめられませんでした。ただ、「就職はしない」と決めていたわけではないのです。ETIC.の活動に没頭していたため、気がついたら就職活動の時期も過ぎていた(笑)。
一方、父は商売人で、惣菜などを売るスーパーマーケットを経営していました。いわゆるサーバントリーダーで、従業員に対し上から偉そうに指示を出しているところを一度としてみたことがありません。従業員がやりがいを持って働けるように接していたようです。
私も小学生のころから惣菜づくりを手伝っていた関係で、一緒に働いていたパート従業員の方々それぞれに人生や生き様があるのだと、子どもながら感じていました。そうした経験があるからこそ、社長やリーダーに限らず働く1人ひとりに大切な人生があること、むしろそれを尊重し、やりがいを持って働ける環境をつくることこそがリーダーの仕事だと考えるようになりました。ただ、ETIC.では私も父のように何かと頭を下げるサーバントリーダーでありすぎるのか、なかには強いリーダーシップを求める人もいますが(笑)。
☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。
<掲載誌紹介>
2014年1・2月号Vol.15
1・2月号の特集は「成功とは何か」。
“成功”といっても、人によって、あるいは状況によって、さまざまな考え方、とらえ方、形態があるといえよう。松下幸之助は生前、「成功するまで続けて成功」「事業としての成功とは別に、人間としての成功を追求する」「何ごとにおいても、三度つづけて成功したら、それはまことに危険」など、いろいろな“成功観”を持っていた。
本特集では、練達の経営者や一流のアスリート、社会企業家などにそれぞれの成功観について語っていただいた。
そのほか、アメリカのカリスマ経営コンサルタントへのインタビューや、最終回を迎えた人気連載も、ぜひお読みいただきたい。