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「環境整備」の徹底が社員を変える―見学希望者が絶えない京都の伝統企業・傳來工房

橋本和良(傳來工房社長)

2014年03月17日 公開 2014年03月17日 更新

《『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』 2014年3・4月号Vol.16 [特集]人間大事の経営 より》

 

平安時代から続く鋳造の伝統技術を今に伝えつつ住宅事業にも進出している京都の傳來(でんらい)工房。皇居や迎賓館赤坂離宮などでもその製品が用いられるほど高い技術を持つ会社だが、いつしか組合が先鋭化し、社風が悪化。そこで橋本和良社長は「環境整備」という方法で改革に乗り出す。すると、時間はかかったものの、社員の仕事ぶりや態度が改善し、いい会社に変身を遂げたという。橋本社長への取材をもとに、その具体的方法を明かす。(以下、本稿敬称略)
<取材・文:森末祐二/写真撮影:清水茂>

 

「社長がやらずしてだれがやる!」
一喝され、みずからトイレ掃除に

 

 アルミニウム鋳造をコア技術としてさまざまな建築関連資材等を開発・生産するほか、住宅建築も手がけている京都の株式会社傳來工房。今この会社には、見学希望者があとを絶たないという。なんでも「環境整備」と呼ばれる実践によって生まれ変わったそうだ。

 たしかに、同社の敷地に一歩入っただけで社風のよさが伝わってくる。どこを歩いていても、すれ違う社員だれもが笑顔であいさつしてくれるからだ。来客の多い事務所の社員はもちろん、工場内で真剣な表情でものづくりに励んでいる工員さんも、訪問客の存在に気づけば、その険しい顔がたちまち優しい微笑みに変わり、会釈してくれる。

 環境整備とは、異色の経営コンサルタントとして知られた故・一倉定(が提唱した基本実践である。清掃や整理整頓などをとおして働く環境を整備することで会社が変わり、業績も自然に上がっていくという。つまり、環境整備はたんなる職場環境の改善以上のことをもたらすということだ。

 1995(平成7)年に社長に就任した橋本和良は、それ以前からこの環境整備に注目し、自社でも導入しようと試みていた。しかし当初、社員たちはだれも受け入れず、何も変わらない状況が続く。それどころか、会社の業績はバブル崩壊によって悪化し続けた。

 橋本は、「何とかしなければ」との思いから、先に環境整備に取り組んで実績をあげていた会社の社長を訪ねて相談したことがある。このとき次のようなやり取りがあった。

 「傳來工房でも環境整備をやろうと思うのですが、なかなか社員が取り組んでくれません」

 「そういうきみは何かやっているの?」

 「いえ、やっていません」

 「社長がやらずしてだれがやるというんだ。本気で環境整備をしようと思うのなら、まずきみ自身が毎朝トイレの掃除をしなさい!」

 「ハンマーで頭を殴られたような」一喝だった。なるほど、社長本人が号令だけかけて何もしていなければ、社員たちがいうことを聞くはずもない。その足でさっそくホームセンターに行き、洗剤やゴム手袋、マスクなどの道具一式、そして「長い()のついたタワシ」を購入する。

 それまで橋本は、トイレ掃除などしたことがなかった。どうしても「トイレは汚い」という意識を持ってしまう。そこで考えたのが、「長い柄のついたタワシ」を使うこと。これさえあれば、便器に近づかなくても掃除ができ、自分は汚れずにすむ――。

 ところが、その目算ははずれる。柄つきタワシで便器をこすっていると、いくら離れているとはいえ、ときおりしずくがはねて顔に飛んでくるのだ。そのたびに掃除を中断し、あわてて水道で顔を洗うようなありさまだった。

 それでもへこたれずに毎朝トイレ掃除を続けるうち、橋本の中で気持ちの変化が起こる。

 「トイレがきれいになってくると、『もっときれいにしたい』という欲がわいてきます。長い柄を握ってこすろうとしても力が入らないので、タワシの部分を直接持つようになりました。そうすると柄が邪魔になる。そこで、柄のないタワシに変えました。また、手袋を用いると滑るので、素手でやるようにしたのです。

 これで少なくとも見たところ、便器の表面はピカピカになった。すると今度は、見えないところ、手が届かないところまできれいにしたいと思うようになり、自分で道具も工夫して、便器をとことん磨き上げていきました。きれいなものをさらにきれいにしているのですから、マスクも要らなくなりました」

 やがて橋本は、「自分はたんにトイレを磨いているのではなく、自分の心を磨いている」ことに気づく。掃除を続けるうちに内面も変わってきたのだ。

 

1年後に半数近くが掃除に参加
毎朝の業務にすることを決意

 

 傳來工房の社員は当初、社長である橋本のトイレ掃除を静観していた。「どうせ続かないだろう」という冷ややかな視線。けれども、橋本は掃除をやめることはなかった。

 ところが、「3カ月くらいたったころから、さすがに見るに見かねて数人の幹部が手伝うようになりました」(大崎治取締役総務部長)。そして1年後には、社員の半数近くが掃除に参加していた。しかも、トイレ掃除だけでなく、事務所のデスクや工場の作業場など、身の回りの整理整頓にも取り組み始めたのである。

 

☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。以下、「『三定』の徹底で不良品が激減 習慣化が仕事への姿勢を変える」「変化が目に見える『臨界点』まで 継続する意志が弱ければ失敗も」「入社当時は労使の不毛な対立 社員のための経営の原点に」などの内容が続きます。記事全文につきましては、下記本誌をご覧ください。(WEB編集担当)

 

<掲載誌紹介>

2014年3・4月号 Vol.16

3・4月号の特集は「人間大事の経営」。
 松下幸之助は生前、人を何よりも大事にし、社員を育て上げていくことに全力を注いだ。「ものをつくる前に人をつくる」という考え方は、人間大事の経営をすすめた松下の特徴の一つである。また、取引先との共存共栄に腐心したのも、人間大事の一つのあらわれといえよう。
 本特集では、国籍・経営規模・業界を問わず、現代において「人間大事の経営」を追求している経営者たちそれぞれのアプローチを紹介する。
 そのほか、人気モデル押切もえさんが松下幸之助について語るインタビューは見どころ。今回から始まる新連載「家電ブラザーズ――小説・井植歳男と松下幸之助」も、ぜひお読みいただきたい。

 

 

BN

著者紹介

橋本和良(はしもと・かずよし)

傳來工房社長

1953年京都府生まれ。玉川大学工学部経営工学科卒業後、大塚製薬に就職。1982年、先代社長の父に呼び戻され、傳來工房入社。1995年に社長就任後、新たにエクステリアや住宅建築の分野に進出し、主力事業に。著書に『これからのいい家づくり真剣勝負――建ててからでは遅い!建てる前に必ず読まなければならない本』(日本建築出版社)。

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