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エグゼクティブリーダーに必要な能力は「徳」と「才」

岩田松雄(元スターバックスコーヒージャパンCEO)

2014年04月21日 公開 2023年01月12日 更新

《PHPビジネス新書『「徳」がなければリーダーにはなれない』より》

 

真のエグゼクティブリーダーに必要な能力

 多くの人が、「この人についていきたい!」と思うような、真のエグゼクティブリーダーとなるために必要な能力とはなんでしょうか?

 細かく挙げればきりがないですが、私は、「徳」と「才」の2つだと思います。

 「徳」とは、世の中や周りの人に貢献しようとする心のことです。「あの人は人格者だ」「あの人は人徳者である」などと呼ばれる人がいます。そういった人は私欲がなく周りの人を思いやれる人です。揺るぎない信仰をもった人や、大変な苦労を経験した人の中にそのように呼ばれる人が多くいます。そういった人は、しっかりとした自分のミッションをもっており、日々の行動や、アクシデントや問題が起こった困難な状況などでも、人を思いやりながら人として正しい行動をすることができます。

 私のゴルフ友達にIT企業のTさんという社長さんがおられます。この方といつもゴルフの行き帰りにビジネスやゴルフの話をしています。

 Tさんはコンビニに行くと一番賞味期限の近い古い商品を選ぶそうです。普通できるだけ新しい商品を選びますが、「コンビニでは、賞味期限を過ぎると全部捨ててしまう それは資源のムダだし、多くのゴミを生み出してしまうので、自分は古い商品を買うようにしている」と。

 私はとても恥ずかしくなりました。

 Tさんは現在、地域活性化をITを活用してできないか半ばボランティアのようなこともしておられます。

 このような方は人知れず善行を行う徳のある人だと思います。

 また、人だけではなく企業レベルでも、そういった“社”徳のある企業もあります。たとえばスターバックスには、「1杯のコーヒーを通じて人々に活力を与える」という素晴らしいミッションがあります。コーヒーを販売するのが仕事の目的ではありません。お店に来てくださったお客さまに元気になってもらいたい。それが、スターバックスのパートナー(スターバックスでは、社員からアルバイトまで、すべてのスタッフをこう呼びます)全員が共有しているミッションです。ですから、いつも笑顔で活き活きと仕事をしている姿がとても楽しそうに見えるのです。ランプの下でコーヒーをお渡しする時、あたかもそのミッションの火花が散ったような瞬間を体験するのです。

 スターバックスのあるお店で、こんなエピソードがあります。

 ある日、お店の前で交通事故が起きてしまいました。事故を起こしたドライバーの主婦の方が慌てふためきながらも、警察の到着を待っていました。それを見ていたアルバイトのパートナーは、事故を起こした女性に、そっと1杯のコーヒーを差し出しました。

 「どうぞこのコーヒーを飲んで心を落ち着けてください」

 事故の直後で気が動転していた女性は、そのコーヒーとパートナーの笑顔ではっと我に返り、思わず笑顔で受け取ったそうです。

 私はこれを聞いて、本当にスターバックスらしい接客だと思いました。そして何よりも、咄嗟に判断して行動をしたパートナーを誇らしく思いました。まさに、スターバックスのミッションが浸透しているからこそ、このような行動を取れたのだと思うのです。

 ホスピタリティの素晴らしさで評判の高いホテル、リッツ・カールトンでは、お客さまが忘れてしまった大切なものを届けるために、ホテルマンが飛行機に乗って追いかけたという伝説があります。

 リッツ・カールトンのホテルマンにはリッツ・カールトンのスピリットやミッションが浸透しているからそういった行動ができるのだと思います。

 人は、ミッションを意識することで素晴らしい徳のある行動ができます。ミッションがあれば、人を感動させる仕事を自然に行うことができる。アイデアも湧き、正しい判断もできる。そしてそれが、会社のブランドになっていくのです。

 

「徳」と「才」のバランスが大切

 一方の「才」とは、戦略的に物事を考えられる頭の回転の速さや財務の知識などのスキルの部分。最近では、こういったスキルを得るために国内のビジネススクールでMBAを取得するビジネスパーソンが年々増えています。

 また、企業内ビジネススクールを設けて強化をしている会社も増え始めています。

 伊藤忠商事では、全社から選抜された事業会社役員や事業主管部長が、同社が運営する経営者スクールを受講しています。教材は、実際にビジネススクールで使用されているものや、実在の企業のケーススタディ。前半で大手監査法人や大学数授、経営コンサルタントが講師となり、企業財務や事業戦略の手法などをみっちりと学び、後半では実在の企業をさまざまな角度から分析し、社長に経営改革の提言を行います。

 報道によると、伊藤忠が社員を対象にこのような経営者スクールを開校した背景には、過去の反省がありました、総合商社の中でも連結対象会社の多い伊藤忠商事ですが、黒字会社の比率は競合他社と比べても低水準、それは、経営者としての教育を十分に行わないまま、グループ会社のトップに次々と人材を送り込んでいたことに起因していたとの反省があったそうです。

 私はエグゼクティブリーダーには、「徳」と「才」の両方がバランスよく求められると思います。

 しかし日本の教育を振り返ってみると、この「才」の部分のみに注力しているように感じます。

 エグゼクティブリーダーを目指すほとんどのエグゼクティブにとって、私は「才」よりも「徳」の部分を今後強化していく必要があるのではないかと考えています。企業内の研修でもスキル研修のみを行っている企業が大半ですが、役職が上がれば上がるほど、もっと人としてどう生きるかという「徳」の部分に重点を置くべきだと思います。

 世界中を驚かせた粉飾決算の「エンロン事件」の主役のCEOはハーバードビジネススクール出身で、マッキンゼーで史上最年少パートナーとなり、エンロンでは1億ドル以上の年収を得ていました。

 彼はこれ以上ない「才」を持っていましたが「徳」に欠けていたといわざるをえません。

 「徳」と「才」について、私の身近な人の例を挙げると、ザ・ボディショップの創立者だったアニータ・ロディックと、スターバックスコーヒーCEOのハワード・シュルツ。双方とも、非常に強いカリスマ性の持ち主で、それは、私自身がザ・ボディショップとスターバックスコーヒー両社のCEOを務めていた時にも強く感じました。

 両社とも明確な理念があり、本気になってそのミッションを愚直に実行しようとしている企業。私もCEOとしてその理念に100パーセントコミットすることができました。しかし、この2人を比較した時に、違いを感じる部分もありました。

 

アニータとハワード

 とても強いミッションと豊富なアイデア、スタッフやお客さまへの愛情がありながらも、経営者としてのアニータは、お金儲けにあまり関心がないように見えました。

 彼女は、財務的な知識や商品物流や品質管理などのスキルを要する仕事はあまり得意でないように見えました。今では絶対にありえませんが、ザ・ボディショップの創業期には、輸入されてきた商品に品質上の問題があったと聞きます。アニータは、社会変革を起こし、世の中に大きな影響を与えた偉大なリーダーです。世間的にも、社会貢献の部分を取り上げられることが多く、間違いなく徳をもった素晴らしい人物です。

 しかしビジネスでは、日々のオペレーションなど、管理的な仕事を欠かすことはできません。夢を語ることも必要ですが、実務を進めるスキルも大切なのです。アニータは、上場後経営が厳しくなり、1996年にCEOを辞任し、外部から来た経営のプロに任せました。ザ・ボディショップは2006年にフランスに本社を置く世界最大の化粧品会社口レアルに買収されてしまいました。

 一方ハワードは、ミッションやビジョンももっていましたが、ビジネスに必要な「才」ももっていました。渋沢栄一氏の有名な経営哲学に「論語と算盤」があります。論語とは、「徳」という言葉と置き換えて良いと思います。算盤とは、お金を儲けること。ハワードは、この「算盤」の部分もしっかりともっているのです。

 ハワードは社内や多くのメディアに向かって、夢を語りいかにパートナーたちが会社にとって、大切な存在かを語っています。

 しかし、そのような理念を掲げながらも、経営が危機的状況に陥った場合には、リストラにも踏み切る冷徹さも併せもっています。ハワードが退いた後に業績が一時的に悪化した2008年、再びCEOとして戻ってきた時に彼が真っ先に行ったのは、ミッションの見直しと全米でコーヒーのトレーニングのため7100店を半日間の閉鎖、そして、最終的に約600の店舗を閉鎖し、約1800人を解雇する大規模なリストラでした。そして奇跡の復活を遂げたのです。

 ミッションや理念に沿って行動することは大切です。それと同時に、「才」と呼ばれる算盤の部分も必要です。エグゼクティブリーダーには、その二面性をバランスよく併せもっていることが求められます。

 

<書籍紹介>

「徳」がなければリーダーにはなれない

「エグゼクティブ・コーチング」がなぜ必要か

岩田松雄 著元スターバックスCEOが教える社長の教科書。組織作り、人事、戦略……リーダーにこそコーチングが必要だ。今、身につけるべきリーダー学。

 

 

<著者紹介>

岩田松雄

(いわた・まつお)

元スターバックスコーヒージャパン代表取締役最高経営責任者、リーダーシップコンサルティング代

1982年に日産自動車入社。製造現場、飛び込みセールスから財務に至るまで幅広く経験し、社内留学先のUCLAビジネススクールにて経営理論を学ぶ。帰国後は、外資系コンサルティング会社、日本コカ・コーラビバレッジサービス常務執行役員を経て、2000年〔株〕アトラスの代表取締役に就任。3期連続赤字企業を見事に再生させる。2009年スターバックスコーヒージャパン〔株〕のCEOに就任。2011年リーダーシップコンサルティングインクを設立。
主な著書に『「ついていきたい」と思われるリーダーになる51の考え方』(サンマーク出版)、『スターバックスCEOだった私が社員に贈り続けた31の言葉』『スターバックスCEOだった私が伝えたいこれからの経営に必要な41のこと』(中経出版)、『ミッション』(アスコム)、『スターバックスのライバルは、リッツカールトンである。』(角川書店)などがある。

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