※本稿はPHP新書『[最新版]「うつ」を治す』(大野裕著)より一部抜粋・編集したものです
患者さんを手助けする環境を整える
うつ病治療の心理的治療、薬物療法に次ぐ3つ目のアプローチである、社会的治療について説明しましょう。
うつ病は、すでに述べたように最初に発症してから急性期、維持期へと進んでいきます。そのときに比較的早く良くなることもあれば時間がかかることもありますが、いずれの場合も患者さんはつらい思いをしています。あまりの苦しさに、病気に1人で立ち向かうことに絶望的になることが少なくありません。とくに、うつ病のきっかけになったストレス要因が引き続き存在している場合にはそうした気持ちになりやすいものです。
そのようなときには、まわりの人のサポートがとても役に立ちます。社会的治療というのは、うつ病のきっかけになったりうつ病を長引かせたりしているようなストレス要因を取り除き、うつ病の患者さんを手助けするような人間環境を作り出していくことを目的とした治療的取り組みを指します。
そこで次に、環境を整えるために役に立つ考え方について説明することにします。
心配し過ぎない、励まし過ぎない
身近な人がうつ病にかかっていることがわかったときに、まわりの人はどのように接すればよいのでしょうか。気軽に声をかけて傷つけるようなことを言ってもいけないし、かといって無視することもできないし、困ってしまう人が多いのも事実です。
私たちは、精神的な問題というと、つい身構えてしまうところがあります。ですから、気になることがあっても何となく言えないでいるために、お互いの関係がぎくしゃくしてくることがあります。
精神的な問題を抱えた人に対して、まわりの人があまり神経質になる必要はありません。あまり神経質になり過ぎると、患者さん自身が「自分はそんなに大変なのだろうか」とかえって不安を強めてしまうことがあります。「負担をかけている」と考えて自分を責めるようになることもあります。ですから、あまり心配し過ぎないで自由に接したほうがいいのです。その中で、うまくいかないことがあれば、そのときどきに解決していけばいいことです。
ただし、気をつけたほうがいいこともあります。一番大切なのは、患者さんの気持ちに気を配りながらよく話を聞いて、その人のペースに合わせて次の対応を考えていくようにすることです。
そのときには、あまり励まさないようにすることが重要です。
うつ病の人は、休んで遊んでいるときには楽しそうに見えるのに、いざ仕事に行こうとすると急に元気がなくなったり、家事をするとおっくうそうになったりすることがあります。そのような様子を目にすると、病気なのだからと頭ではわかっていても、怠けているのではないかと思ったり、このまま何もできなくなるのではないかと心配になったりして、つい励ましたくなります。うつ病にかかる人は、もともと真面目な人が多いこともあって、まわりの人はあんなに頑張っていた人だからこんなことができないはずはないと考えて、「何とかなるはずだからちょっと頑張ろうよ」とつい言ってしまいがちです。
しかし、焦るのは禁物です。早く良くなりたいと一番焦っているのは患者さん自身です。そうしたときに励まされると、他の人にまた心配をかけてしまったと考えて、ますます自分を責めてつらくなってしまいます。
うつ病は、たとえてみればガソリンがきれてしまった自動車のようなものです。いくらアクセルを踏んでも、ガソリンが入っていなければ自動車は動きません。そのような人に対して、「頑張れ」と励ましてみても、ガソリンの入っていない車のアクセルを踏み続けて「動かない」と焦っている人に、「早く車を動かせ」と言っているようなものです。ガソリンが入るまで、すなわち、精神的なエネルギーがわいてくるまで、辛抱して待つことが必要なのです。
また、前述したように、うつのときには悲観的に考えやすくなっています。ですから、重大な決断はしないように伝えることも大切です。