1. PHPオンライン
  2. 生き方
  3. 水上勉・何ども言うようだが…

生き方

水上勉・何ども言うようだが…

水上勉(作家)

2015年02月24日 公開 2022年06月06日 更新

 

何ども言うようだが……

 夜が明るすぎる。夜はむかしから暗くて自然であった。早い話が、鳥も寝た。蝉も寝た。雀も眠った。人も眠った。暗いからよく眠れた。

 ところが、昨今は、真夜中でも、街燈がともっているし、ネオンも消さぬままのもあるし、深夜もやるマーケットなどは、昼のように明るい。深夜は閉店しているけれど、パチンコ屋などの8、9時の盛況時は、これでもか、これでもかといいたいほどの飾り電燈で、何百という豆電球や小電燈がともって満艦飾といっていい。

 こんな明るい夜だと、鳥も眠れないらしくて、京都の御池通りの欅の下を歩いていたら、ピイピイピイ雀がマクラ争いでもしているのか、夜9時だというのにさわがしい限りだった。鳥も眠れぬぐらい電燈をともして、人々は安眠しているのだろうか。

 こんなことを書くと、暗い露地に住む人は、いくら頼んでもつけてくれない行政の街燈のケチぶりを非難されるかもしれないが、ぼくには、防犯も電気がうけもたねばならなくなった時代がおかしく思えるのである。ひったくりや、脅しの夜行をなくするためには、むかしはお巡りさんが巡回していた。サーベルの音がすれば、それで、人は安心して寝たり、歩けたりできたものだが、明るくないと歩けない弱虫がふえたとみるしかないだろう。何でもやたらに、電燈をつけたがる。

 かくいうぼくも、4DKの勉強部屋でくらすのに、便所もつけたまま、玄関もつけたまま、台所のもつけたままで、テレビを見ていたりする。気づけばすぐ消しに歩いて、テレビは少し周囲も暗くして見るようにつとめるのだが、無駄なエネルギーをつかいっ放しにして、いい気になっている仲間にちがいないだろう。人のことはいえたものではない。

 また便利なものが出来て、たとえば、電気湯わかしなどは、つけっ放しにしておけば、水が勝手に湯になってくれて、保温もできて、不意の客の時など、すぐ茶が淹れられて重宝する。炊飯器など、このところ、3合炊いて、保温にしておけば、ひとりぐらしのぼくは3日もつ。電気のおかげだが、このことも、むかしを思うと、ずいぶん、ぜいたくなことをやって、馴れてしまっている自分に気づくのである。家電製品の工夫発達で、ずいぶん、ぼくらは恩恵を受けると同時に、ずぼらもおぼえた。テレビも、寝ころんだまま、ボタンを押してチャンネルをかえている。

 大文字火の燃える夜、山の現場の火のうらから、京都の夜景を見ていたら、町じゅうで燃える線香花火のようなチカチカした光が、何万と同時に明滅するので呆然としたという友人の話をきいた。大文字火にむけて、市民がシャッターを切るカメラフラッシュの明かりだそうだ。あつまれば、あんなけしきになるのかと友人は魂消てはなしてくれたが、ひとりだけが切るシャッターも、あの火の燃える時間は限られているゆえに、何万人の人々が山にむかってフラッシュをたくのだろう。

 数というもののこわさというか、自分だけがという思いも、あつまれば、大きなエネルギーとなって、当事者の誰かが、その対応に走りまわっているのだ。その1つが原子力発電所ではないか、とぼくは思う。

 ぼくの若狭の人口5千そこそこの村に、東洋一をほこる出力の原発が、稼動して10年経つ。さらにこんど、3号、4号が増設中である。村はまだ火葬場ももたぬ閑静なところだけれど、出力と密集度だけは、世界に誇れる村となって息づいている。このことも、都市化してゆく、ぼくらのくらしの電気が要るためだろう。

 それにしても、都市を旅していて、その不夜城のようなイルミネーションや、劇場や公共施設のロビーの電燈の必要過多な使いぶりを見ていると、わが小さな村が、火葬場ももたず、死ねば穴にスコップでうめられながら、絶対安全とはいわれているものの、いったん事故があれば、京都、大阪まで死の放射能をまきちらしてまきぞえにしてしまう、原発炉を、一村に4基も抱かねばならぬのか、と不思議に思うのである。

 ぼくはこれを書いている今日から、少しエネルギーを節約しようかと思う。1人の節約が大文字山からみた市中のフラッシュシャッターのきらめきではないが、いくらか減るのではないか、と思うからだ。すれば、当事者も(という意味は行政や電力会社も)ラクになり、こんなに、辺境にまで原発を集中させなくても1基ぐらいは減らせるかもと思ったりする。

 読者は、ぼくのこのたわごとを一笑されるか。

 

<著者紹介>

水上 勉(みずかみ・つとむ)

1919年、福井県生まれ。9歳で京都の仏門に入るが、17歳の時、僧院を脱走。以来貧困と彷徨の生活を続け、40歳の時『霧と影』でベストセラー作家となる。
代表作は『雁の寺』(直木賞)『五番町夕霧楼』『越前竹人形』『飢餓海峡』『一休』(谷崎潤一郎賞)『寺泊』(川端康成文学賞)『金閣炎上』など多数。2004年9月8日没。

 

<書籍紹介>

水上勉/完本_閑話一滴<完本>閑話一滴

水上勉 著

本体価格720円

「一滴の水にも命がある」――現代社会が見失っている、日本人の自然・風土を慈しむ心に触れる随想集。未文庫化の続編と合本した完全版。

 

 

 

 

 

関連記事

アクセスランキングRanking

前のスライド 次のスライド
×