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村田新八と西南戦争―伊東潤の新境地『武士の碑』

伊東潤(作家)

2017年09月22日 公開 2017年09月23日 更新

西郷という人物の「わからなさ」

――もうひとつ、西郷隆盛が何を考えているのかわからないのも、物語のポイントでしょうか。

伊東 西郷の「わからなさ」については、今まで解き明かした人はいないし、本書でも、あえてスッキリと解明していません。

 ある意味、西郷には、ちょっと投げやりな部分があるんです。自分自身が何かを言ってしまうと、全員がそれに従ってしまうことへのフラストレーションがあり、それに反発していたのだと思います。

 戦国時代においては、武田信玄の軍議もそうですね。

 信玄は結論しか言わない。それまでは、みんなに議論させる。自分が発言すると、それで決まってしまうから、軍議にならないんです。

 西郷も同じような立場を自覚していたのだと思います。

――村田の死に場所に対する思いを強めるエピソードとして、欧米視察先であるフランスでの挿話がありますけれど、あれはもちろん創作ですよね?

伊東 もちろん創作です。

 ああしたストーリー・テリング力を生かしたエピソードを入れないと、「史実を追っているだけ」と言われますからね(笑)。

――それにしても伊東さんの戦さのシーンは、克明で素晴らしいです。

伊東 これからのエンタメ文芸が生き残るための1つの方向性として、文章表現力によって、五感で感じられるような臨場感を描く必要があると思います。

 文字表現というのは、これだけできるんだ、これだけすごいんだということを、もっと知ってほしいですね。

――伊東さんの作品における合戦シーンは、敵との距離がどうで、高さがこれだけ違っていてみたいなことをきっちり書いてあるから、読んでいてわかりやすい。取材もかなりしているのでは。

伊東 そこがこだわりですよね。

 わからないことがあると、徹底的に調べ抜く。そうした姿勢が、題材とさせていただいた歴史上の人々に対する礼儀であり、作者の使命だと思います。

 取材も必ず行きます。本書でも、鹿児島や熊本をレンタカーで走り回りました。

――熊本城にも行かれたと思いますが、思えば加藤清正の城づくりが何百年か経って、西南戦争でようやく日の目を見たのですね。

伊東 清正の時代には、もう鉄砲がありましたから、近代戦にも対応できたのでしょうね。

 そういう意味では、街道を付け替えて田原坂という大要害を通すという発想も、軍人としての清正の凄みを証明していると思います。薩軍に清正がいたら、勝っていたんじゃないでしょうか(笑)。

――そして、この西南戦争で内戦は最後となりました。

伊東 西南戦争以降は、戦争という形ではなく、政府に物申したい時は、自由民権運動のような政治運動となっていきます。

 西郷でさえ勝てなかったのだから、もう政府には逆らえないと、かつての武士たちも納得したわけです。

――本書を読んでいると、そうした歴史の変遷の意味まで考えてしまいます。

伊東 最近の私のテーマは、まさに歴史の変遷を高所から描くような本格歴史小説を書くことです。

 短編の名手という称号はありがたいのですが、トリッキーな作品を連発していたので、イメージとして小者臭さが漂ってきたと思うのです。

 それを打破するために、誰がメイン・ストリートに立っているのかを証明するような本格的な大作を、連発することにしました。

――その一方で、伊東作品はトリッキーな短篇も秀逸です。

伊東 まだまだ、そちらのネタも尽きません(笑)。

 私のような多作型作家の場合、直線的に作風が変化していくのではなく、放射線状に何方向かに伸びていく感じですね。

 そのため読者も戸惑っているようですが、そんなことを気にせず、虚心坦懐に作品を楽しんでいただければ、うれしいですね。

――今後も、幕末・明治時代を舞台にした小説は書いていかれるのでしょうか。

伊東 実は『武士の碑』を皮切りに、西南戦争をテーマとした3部作を構想しています。

 ひとつは政府軍側からの視点で、川路利良を主役にしたもの。

 さらに、西郷の首を見つけた男と大久保を斬った男が、幼馴染みなんですが、その2人の人生を書くつもりです。

PHP文芸文庫『文蔵2015.7』特集:「幕末・明治小説」の新潮流より

著者紹介

伊東 潤(いとう・じゅん)

作家

1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。
『黒南風の海――加藤清正「文禄・慶長の役」異聞』(PHP研究所)で「本屋が選ぶ時代小説大賞2013」を、『国を蹴った男』(講談社)で「第34回吉川英治文学新人賞」を、『巨鯨の海』(光文社)で「第4回山田風太郎賞」と「第1回高校生直木賞」を、『義烈千秋 天狗党西へ』(新潮社)で「第2回歴史時代作家クラブ賞(作品賞)」を、『峠越え』(講談社)で「第20回中山義秀文学賞」を受賞。

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