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五能線 「奇跡のローカル線」を生んだ最強の現場力

遠藤功(ローランド・ベルガー日本法人会長)

2016年07月20日 公開 2017年01月20日 更新

五能線と夕日
写真はJR東日本秋田支社提供

 

運転士の思いからスタートした「サービス徐行」

 五能線を「全国区」の人気路線にするためには、「リゾートしらかみ」というハードだけに頼っていては限界がある。せっかく五能線にまで足を運んでいただいたお客さまに、五能線ならではの独自サービスを提供することによって観光客の満足度を高め、リピーターになってもらう工夫が不可欠だった。

 実際、開業初年度は盛況だった「リゾートしらかみ」の利用者数は、2年目以降減少傾向にあった。初年度約4万6000人だった年間利用者数は、2年目には約4万人に減り、その後は約3万5000人程度まで落ち込んだ。

 このままでは、線香花火のような一時の人気で終わってしまう。秋田支社は五能線沿線連絡協議会と共に知恵を絞り、新たな「観光メニュー」の開発、実現に動いた。

 列車や駅という「ハード」と独自サービスという「ソフト」の組み合わせ。それこそが、五能線が観光列車として成功するための鍵だと考えていた。

 そのきっかけとなったのが、「サービス徐行」だ。絶景ポイントで列車の速度を落とし、雄大な景色をゆっくり楽しんでもらったり、写真を撮ってもらうための時間を確保するのが狙いだ。

 実は、このサービスは「ノスタルジックビュートレイン」の頃から、それぞれの運転士が車掌と協力して行っていた。東能代運輸区の運転士、池端哲彦は当時の様子を懐かしそうにこう振り返る。

「あの頃はそれぞれの運転士が自らの考えでお客さまに景色を楽しんでいただきたいと思う区間で徐行していた。なかには、1分間程度列車を停める者もいた。でも、保線サイドからレールが傷つくのでやめてほしいという申し入れがあった。それでも、このサービスはなんとか続けたいということで、下り勾配になる下り列車のみで徐行を行っていた」

 運転士と車掌の思いからスタートした「サービス徐行」が、正式にダイヤに組み込まれることになったのは、「リゾートしらかみ」の運転士だった池端が秋田支社の幹部に直訴したことによる。池端はこう語る。

「たとえ遅延して会社に怒られても俺はやるという同僚もいる。お客さまの期待を背中に感じて、『サービス徐行』をしないわけにはいかない。是非このサービスを列車ダイヤに組み込んでほしいと必死だった」

 時間通りに運行することが任務である運転士にとって、予定外の減速を個人の判断で行うのは、ルールを逸脱する行為ととられても仕方がない。しかし、「せっかく五能線に乗車していただいたお客さまに少しでも楽しんでもらいたい」という運転士の強い思いが、支社の幹部や他部門を動かした。

 運転士の思いがダイヤを組む「スジ屋」を動かし、「サービス徐行」が正式にダイヤに組み込まれた。そして、そのサービスを営業部門がパンフレットに載せ、五能線の目玉のひとつとして大々的に宣伝を始めた。

 現場の気づき、思いから始まった新しい試みが、系統を超えた連携によって五能線の価値を大きく高めている。

著者紹介

遠藤 功(えんどう・いさお)

遠藤功(ローランド・ベルガー日本法人会長)

ローランド・ベルガー日本法人会長。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機株式会社、米系戦略コンサルティング会社を経て、現職。経営コンサルタントとして、戦略策定のみならず実行支援を伴った「結果の出る」コンサルティングとして高い評価を得ている。ローランド・ベルガーワールドワイドのスーパーバイザリーボード(経営監査委員会)アジア初のメンバーに選出された。株式会社良品計画 社外取締役。ヤマハ発動機株式会社 社外監査役。損保ジャパン日本興亜ホールディングス株式会社 社外取締役。日新製鋼株式会社 社外取締役。コープさっぽろ有識者理事。『現場力を鍛える』『見える化』(以上、東洋経済新報社)、『新幹線お掃除の天使たち』(あさ出版)など、ベストセラー著書多数。

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