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江戸は外食天国だった!

堀口茉純(お江戸ル/歴史作家)

2016年10月06日 公開 2019年11月18日 更新

江戸は外食天国だった!

 

江戸の外食産業が異常に発達したわけ

江戸時代初期、新興都市である江戸の町は男性があふれ、女性が少ないという特殊な人口構成でスタートしたのだが、男女比が半々になるのは結局、幕末になってから。つまり、江戸時代を通じて慢性的に女性不足だった。

たとえば江戸時代中期、享保6年(1721)11月の統計によると、江戸の町方人口は、女178109 人(35.5%)+男323285 人(64.5%)= 501394 人(100%)。

これに寺社門前人口と、武家人口およそ50万人を加えたものが、江戸の総人口なわけだが、こちらは残念ながら正確な統計がない。ただ、寺社地の住人は基本男性だし、武家は各藩から単身赴任でやってきているケースがほとんどなので、町方よりも、さらに男性比率が高かったことは間違いないだろう。

このような状況から、きわめて現実的な問題が発生する。食事の問題である。

現代のような家電製品がない当時は、米を炊くだけで、そうとうな時間がかかった。食事を作るのも大仕事で、寺社や武家では専門の調理方を置くこともできたが、町方では、なかなかそうもいかない。

紅のついたる火吹き竹長屋暮らしの庶民がまともな食生活を送ろうと思ったら、所帯を持って男が外で働くあいだに家で女性が食事を作る、といった役割分担が不可欠だったが、都都逸にも「九尺二間に過ぎたるものは 紅のついたる火吹き竹」(解説・九尺二間とは四畳半+土間の江戸庶民が暮らす裏長屋の一般的な間取り。そこに紅をつけた奥さんがいて、火吹き竹を使って飯を炊いてくれるなんて贅沢な話だ、リア充爆発しろ! という意味) とあるように、残念ながらそんな例は稀だった。頑張って自炊したとしても、一人分の食事のために薪や油などの燃料や食材、調味料を揃えるのは非効率的である。

このために発達を遂げたのが外食産業だ。

その大きなきっかけになったのが明暦の大火。

大半が灰燼に帰した江戸の町は、幕府の主導により驚異的な勢いで復興するが、実際に汗を流して現場で働いたのは、土木人足や職人たち(多くが地方から単身江戸にやってきた独身男性)である。日中の過酷な肉体労働を乗り切るために、仕事の合間に食事をとってエネルギー補給がしたい……。そんな彼らのニーズに応えるように、江戸の町には大量の煮売り屋が軒を連ねるようになった。煮売り屋とは煮物や惣菜や団子などの軽食に、茶や酒をつけて出す、ファストフード店のような業態である。

江戸時代の煮売り屋

当時、食事は基本的に自宅で済ませるもので、外食の機会は旅などの特殊事情の際に限られていたから、町中で誰もが手軽に食事をとれる煮売り屋の出現は、そうとう画期的だった。

煮売り屋は、瞬く間に江戸中に広がるが、あまりに流行りすぎて火災の原因になり、明暦の大火からわずか3年後の万治3年(1660)には、正月からの3カ月間で105回も火事が起こったというから、本末転倒な話である。

このため、幕府は煮売り屋の夜間営業を禁止する法令をたびたび出しているが、たびたび出しているということは、たびたび破られていたということ。焼けたら建てればいいじゃない、といわんばかりのたくましさだ。

復興のなかで生まれたもう一つの飲食業が、料理茶屋。料理を出すことを専門にした飲食店のことで、茶を使って大豆や米を一緒に炊いた一膳飯と、豆腐汁、煮物、香の物をセットで提供する店が浅草寺門前の並木町で生まれたのが、その始まり。現在の定食屋のような業態だった。このようにガッツリ昼食を食べさせる店というのは、実は当時は世界的に見てもとても珍しく、日本でも初めての事例だった。

というか昼食自体が、明暦の大火後のこのような外食産業の充実により定着した食習慣と考えられている。それまでは朝、夕の一日二食が基本だったが、出先で昼食をとるのが当たり前になり、一日三食が一般化したというのだ。

腹が減っては復興はできぬ、だったのかもしれない。

※PHP新書『江戸はスゴイ』 より抜粋編集

著者紹介

堀口茉純(ほりぐち・ますみ)

お江戸ル/歴史作家

東京都足立区生まれ。明治大学在学中に文学座付属演劇研究所で演技の勉強を始め、卒業後、女優として舞台やテレビドラマに多数出演。一方、2008年に江戸文化歴史検定一級を最年少で取得すると、「江戸に詳しすぎるタレント=お江戸ル」として注目を集め、執筆、イベント、講演活動にも精力的に取り組む。著書に『TOKUGAWA15』(草思社)、『UKIYOE17』(中経出版)、『EDO-100』(小学館)、『新選組グラフィティ1834‐1868』(実業之日本社)がある。

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