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田坂広志 叡智を発揮する「賢明なもう一人の自分」を呼び起こす技法

田坂広志

2018年05月09日 公開 2022年08月16日 更新

 

「もう一人の自分」は、異質や正反対のアイデアに刺激を受ける

では、「賢明なもう一人の自分」の叡智を引き出す第二の技法は、何か。

それは、異質のアイデアを、敢えて結びつけてみることである。

これは、「思考の技術」を語る書籍では、しばしば述べられることであるが、実は、これを実行しようとすると、一つの問題に突き当たる。
なぜなら、異質のアイデアの組み合わせは、無数にあるからである。

では、どのようにして異質のアイデアを結びつけるのか。

その一つの技法が、「対極の言葉を結びつける」ことである。
例えば、本来、全く対極にある「未来」という言葉と「記憶」という言葉を結びつけ、「未来の記憶」という言葉を心に思い描いてみる。

すると、この言葉が刺激となり、触媒となって、「賢明なもう一人の自分」が動き出し、深い思索が始まる。

これは、「無用の用」「無計画の計画」「逆境という幸運」「病という福音」「偶然が教える人生の意味」「最先端科学と古典的宗教との融合」などの言葉も同様である。
こうした対極の言葉を結びつける技法は、「賢明なもう一人の自分」を刺激し、その働きを促し、新たなアイデアや考えを生み出していく。

しかし、こう述べると、この技法は、単なる「言葉の遊び」のように思われるかもしれないが、そうではない。

これは、実は、「弁証法」に基づく思索を深める技法なのである。
かつて、ドイツ観念論の哲学者、ゲオルク・ヘーゲルが、「正・反・合」のプロセスによる「止揚(しよう)」(アウフヘーベン)ということを述べた。

これは、「正」と「反」という、一見、全く対立するものを、より高い次元で統合していく思考のプロセスのことである。

分かりやすい例を挙げれば、子供の教育において、優しくするべきか(正)、厳しくするべきか(反)という議論がある。

最初、対立的に見えるこの二つの考えに対して、「厳しくすることが、本当の優しさではないのか」「厳しさの奥に、子供に対する深い愛情がなければならない」といった形で互いの思考を深めていくならば、最終的に、「優しさ」と「厳しさ」という二項対立を超え、二つの考えを、より高い次元で統合し、より深い理解に到達することができる。これが「止揚」という思考のプロセスである。

『深く考える力』(PHP研究所)の第二部に載せたエッセイの多くは、この弁証法的思考の実例である。

ちなみに、昔から、「イノベーション(革新)は、異質のものの結合によって起こる」と言われるが、その一つの理由は、異質のものの結合が、我々の中の「賢明なもう一人の自分」の働きを活性化するからでもある。

 

※本記事は、田坂広志著『深く考える力 (PHP新書) 』より一部を抜粋編集したものです。

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