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40年間続いた「若者の活字離れ」。書店店長が今、思うこと



2018年07月17日 公開

田口幹人(さわや書店フェザン統括店長)

「活字離れ」が40年間も言われ続けた理由

しかし、後半の20年が始まるころの1996年にピークを迎え、その後減少し続けます。さらに2016年には、1981年の水準にまで後戻りしてしまいました。

本が売れなくなった時代を反映するように、本屋の数も激減しました。

販売額のピークである1996年には約2万6000店だった書店数は、2017年には1万3576店と、実に半数以下にまで減少しています(JPO書店マスタ管理センターより)。

コンビニエンスストアやネット書店における出版販売額をあわせてもなお、前年を超えられないというほどの、本が売れない時代となっているのです。

インターネットが普及し、パソコンや携帯電話などで常時ネット空間と繫がることが当たり前の暮らしをしている僕たちは、新聞やテレビより、インターネットで情報を得る時間が増えました。

しかし、それを活字として認識しているかどうか。そこを考える必要があるでしょう。

パソコンや携帯電話の画面に表示される情報も、文字の羅列です。それをも活字に含めるとしたら、「活字離れ」という表現は当てはまらないでしょう。むしろ、活字を目にする時間や空間は増えているのではないか、とすら感じます。

それでは、なぜ「活字離れ」という表現がこの40年もの間使われ続けてきたのでしょうか。

「活字離れ」の背景には、新聞の発行部数や本の販売額の減少があるのでしょう。新聞社や本屋や出版社など、業界の業績不振が「活字離れ」と言われる原因になっていると考えることができます。

けれども「活字離れ」が言われ続けたこの間、公共図書館や学校図書館などの整備や、「朝読書運動」の推進なども通じて、小学生から高校生までの読書量は、1980年から現在にいたるまで、ほぼ横ばいの状況で推移しているのです。

「活字離れ」という言葉は、じつは「本屋離れ」を表す言葉に置き換えた方がいいのではないか? 

そう考えたとき、本をめぐる現状は、「活字離れ」ではなく「本屋離れ」という言葉がしっくりとくると感じました。

本屋の側に身を置くものとして、その現実を受け入れることから始めなければいけないと思い、僕は常々そう語り続けてきました。

(次ページ:本の未来と本屋の未来は違うものなのか)

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