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生き方

稲盛和夫氏が大切にしてきた毎日の習慣

稲盛和夫(京セラ名誉会長/日本航空名誉会長)

2019年02月25日 公開 2022年12月07日 更新

「反省」という心の栄養

皆さん、どんなよい本を読まれても、おそらく何回も読み返しておられることはそうないと思うのです。しかし世の立派な人で、素晴らしい人生を送った人は、一冊の本をボロボロになるまで読んでおられるんですね。

実はどんな立派な人間でも繰り返しの反省がなければ、それを持続できないのです。例えばある勉強をした、こうした会に出た、または本を読んだ、そして感銘を受けた、うわーっ素晴らしいと思った。

しかし、そうなったからといって心のレベルが上がったままということは全然ないんですよ。その瞬間に上がっただけなんです。心のレベルは、それを繰り返しやって初めて持続できるのです。

ちょうど空中に浮いているのと一緒なのですよ。地べたに這いつくばった状態から、心のレベルが上がるというのは、そこから上がっていって宙に浮いている状態なんです。浮いている状態というのは、常にエネルギーを与えているんです。

例えば、ヘリコプターであれば、プロペラを回さなきゃいかんし、ロケットなら噴射してエネルギーを出さなきゃ、重力に打ち勝って止まっておられないんです。

同様に心のレベルを維持するというのは、常に学んでいる、常に反省をしているということでなけりゃできない。ましてや人格、人間を向上させるという場合には、もっともっと勉強をしなきゃならないわけです。

私もやっとわかったのですが、あの経営者は立派な人だ、偉い人だと思ったのに、年がいくに従って普通どころか、決して立派でない人になってしまう。

事実偉い時期もあったんでしょうが、その人の考え方が立派でなくなっていくと同時に、その会社も衰退していったというケースはいくらでもあります。

つまり、40代、50代の全盛期のときには素晴らしい考え方をしておられた。そして意欲もあった。会社も、ものすごく栄えていた。ところが、年がいくに従ってだんだん考え方が変わっていく。

それは、しょっちゅうエネルギーを、つまり反省という心の栄養を摂っていないためにダメになっていくのです。

宗教界であっても、こういうケースは多いです。大僧正や老師と言われる人で、若いときに凄まじい修行をされて立派な見識を持った人が、年をとって、決してそうでなくなることがあります。

確かに凄まじい修行をして、素晴らしい悟りの境地までいかれて、ある程度の心のレベル、人格をつくりあげてこられたんです。しかし、それを持続していくには、同じように修行を続けていかなければならないのです。

そうしなければ、たちまち元の木阿弥になってしまうのが人間の本性です。だから、その人が偉いか偉くないかというのは、今生きているその生き様の問題なのです。

例えば、私みたいな者でもボケていかないにしても怠けていく。そのときには、もう値打ちがなくなっていく。常に反省をし続ける、反省のある人生かどうかが、人間の向上のもとだということです。

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