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社会

医学部卒の息子が「こんな家に生まれたくなかった」と嘆く理由

片田珠美(精神科医)

2019年07月24日 公開 2023年01月11日 更新

 

「あなたのために自分を犠牲にしてきた」

母親がよく使う決まり文句が二つある。

一つは、「あなたのためにいろいろなことを犠牲にしてきた」という言葉である。

たしかに、子どもを育てるのは大変だ。とくに母親は、かなりの手間とコストをかけて子育てをする。おっぱいを与え、おむつを替え、食事をつくって身の回りの世話をして……。

不妊治療で苦労した母親もいるかもしれないし、出産・子育てのために望んでいたキャリアを諦めた母親もいるかもしれない。乳幼児期を過ぎても、苦労は絶えない。日常生活の世話から学費の工面まで、母親はいろいろと骨を折ってきたのだ。

だから、母親の「あなたのためにいろいろなことを犠牲にしてきた」という言葉は決して噓ではない。だが、それをことさら強調するのは、子どもの胸中に「ここまでしてくれた母親を裏切るのは申し訳ない」という罪悪感をかき立てるためではないかと勘繰らずにはいられない。

もちろん、そういう意図を自覚していない母親のほうが圧倒的に多い。出産後に子宮を摘出しなければならなかったとか、産後うつになってしまったとかいう話をする母親もいる。もしかしたら、子どものために健康を犠牲にしたことを持ち出して、罪悪感をかき立てようとしているのかもしれない。

もう一つの決まり文句は、「私ではなくあなたのためを思うからこそ、こうするのがいい」という言葉だ。

本当は、「私は娘をこんなに立派に育て上げた」と自慢し、親戚から認めてもらいたいと思ったのだとしても、自己顕示欲や承認欲求が自分の中にあることを母親は認めたくない。

子どもに無償の愛を捧げるのが「良い母親」という"神話"があるので、自分自身の利己的な欲望から娘に結婚式を挙げるよう求めるのは「悪い母親」ということになるが、自分が「悪い母親」だとは決して思いたくないからだ。

つまり、自己欺瞞である。本当は自己顕示欲や承認欲求のために「こうするのがいい」と子どもに忠告する母親の多くは、この自己欺瞞によって「こうすることが子どものためだ」と思い込んでいる。

しかも、子どもの幸福=母親の幸福と信じて疑わない。10カ月間子どもを自分のお腹の中ではぐくんだ母親にとって、子どもは自分の分身であり、子どもの幸福=母親の幸福と思い込むのも無理からぬことだ。だが、子どもが成長していくにつれて、子どもの幸福は母親の幸福と必ずしも一致しなくなる。

 

警戒すべき母親の言葉

これは当然で、いつまでも子どもの幸福=母親の幸福だったら、相当強い母子一体感で結ばれている可能性が高い。自立していこうとする子どもにとって、いつまでも子どもが側にいて自分を必要とすることが幸福と感じる母親は、子どもの自立を妨げ、ひいては幸福の邪魔をする存在になりかねない。

その危険性を認識できない母親ほど、自分がいいと思うことは子どもにとってもいいはずと信じて、自分自身の価値観を平気で子どもに押しつける。

こういう母親は、「あなたのためにいろいろなことを犠牲にしてきた」「私ではなくあなたのためを思うからこそ、こうするのがいい」という決まり文句以外に、次のような言葉をしばしば口にする。

「お母さんの言っていることが正しいと、そのうちわかるわよ」
「あなたが~してくれることだけが、私の生きがいなの」

この手の言葉を聞いたら、母親が自分自身の価値観を押しつけ、子どもを自分の思い通りにしようとしているのではないかと警戒すべきである。

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