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生き方

クラブから門前払い…ハンディを背負うスイマーを立ち直らせた“ゴッド・マザー”の教え

山田清機(ノンフィクション作家),〔撮影〕尾関裕士

2019年12月10日 公開 2022年12月19日 更新

 

理想は、障がい者とビールを飲んで語らう関係

トシ美は、社会モデルという概念を社会学者・石川准(現・静岡県立大学国際関係学部教授)の書籍で知ったという。石川は長瀬修との共著『障害学への招待』(明石書店刊)によって、日本に初めて障害学を紹介した研究者である。静岡県立大学に石川を訪ねることにした。

「日本には『障がい』というひとつの言葉しかありませんよね。しかし、障害学ではdisabilityとimpairmentという言葉を厳格に使い分けるのです」

石川によれば、障害学におけるdisabilityは「その人が直面している社会的な困難」を指し、impairmentは「見えない、聞こえない、手足が動かないといった心身の障がい」を指す。そしてdisabilityは、impairmentと環境の不整合から生じると考える。

「disabilityは、impairmentと"環境にある障壁"との掛け算だと考えると、わかりやすいと思います」つまり、impairment×障壁=disabilityだとすると、impairmentか障壁のどちらかがゼロになれば、disabilityはゼロになる。そして、個人モデルはimpairmentのほうをゼロにしようと考え、社会モデルは障壁のほうをゼロにしようと考える。

「個人モデルでは個人にリソースを投入して、自助努力とサポートによって障がいを克服せよと言う。克服したら雇用してあげますよと。あるいは、特別支援学校に通っている子でも、障がいが軽度で親が通学をサポートするなら普通校に通ってもいいですよというわけです。

日本の普通校では長いあいだ、本人と家族の努力だけでやっていけるような障がい児だけを受け入れてきました。私はそれを〝認定健常児〟と呼んできましたが、社会モデルの浸透はまだまだこれからです」

国連障害者権利委員会の委員(現在は副委員長)でもある石川は、こうした日本の教育現場の現状を、「国連が定めた障害者権利条約から見たらとんでもないこと」だと言う。

「日本の学校はみんなに同じことをさせようとして、個別性に対応しませんね。第二次産業が中心の時代は誰もが同じであることに意味があったかもしれませんが、多様性尊重原則が大切なこの時代に、日本の教育は産業分野ばかりでなく、障がいの分野にも影を落としているのです」

石川はこう続けた。

「障がい者のもっている能力を最も低く決めつけるのは、もしかすると学校や病院など、障がい者と専門にかかわっている機関かもしれません。専門機関だからこそ、あなたはこういう障がいがあるからこれはできませんよと決めつけるのです。

実は、障がい者とのかかわり方において一番大切なのは、そうした決めつけをせず、まさに戸惑いながらも建設的な対話を重ねていくことではないかと私は思っているのです」

自身、全盲者である石川は、

「(障がい者と)一緒にビールでも飲みながら語り合うのが一番いいですね」

と言って、穏やかに笑った。

静岡県立大学の緑豊かな美しいキャンパスを歩きながら、私は頭の中の霧が晴れていくのを感じた。

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