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クラブから門前払い…ハンディを背負うスイマーを立ち直らせた“ゴッド・マザー”の教え

山田清機(ノンフィクション作家),〔撮影〕尾関裕士

2019年12月10日 公開 2022年12月19日 更新

クラブから門前払い…ハンディを背負うスイマーを立ち直らせた“ゴッド・マザー”の教え

2019年11月23日、24日「日本パラ水泳選手権大会」が開催された。500名を超えるパラスイマーが出場し、日本記録や大会記録が次々と更新された。

来年の2020東京パラリンピック気運が高まるなか、代表の座を争う競争も激しさを増している。東京パラリンピックのメダル候補の一人として注目される一ノ瀬メイ選手は、現在日本記録を5つ保持している。片腕のない一ノ瀬選手が飛び込み台に立つまでには紆余曲折があった。本稿ではその知られざるエピソードを紹介する。

※本稿は、山田清機著『パラアスリート』の内容を編集したものです

 

「理由のないルールって嫌い」

一ノ瀬メイ

2017年7月19日午前6時、近畿大学東大阪キャンパス。

降りしきるような蟬時雨のなか、水上競技部の部員たちが続々と屋内プールに集まってくる。プールサイドのいすに腰をかけていると、部員ひとりひとりが1メートルほどの距離まで近づいてきて、90度に腰を折る。

「お早うございます!」

こちらは何か悪いことでもしたかとドギマギしてしまうが、1955年創部という長い歴史をもち、入江陵介や寺川綾など数多くのメダリストを輩出してきた水上競技部伝統の挨拶だという。

3回生の一ノ瀬メイは体育会的な世界が初めてだったこともあり、当初、来客者全員へのマンツーマンの挨拶に馴染めなかった。

「私、理由のないルールって嫌いなんです。挨拶もそうやし、掃除だってなんで下級生だけがすんの、みんな使ってるやんって……」

新人のころに感じた上下関係やしきたりへの疑問を一通り並べ立てた後、一ノ瀬はこう付け加えた。

「マジで精神的に苦痛で、やめそうやった」

疑問の数々を山本晴基コーチにストレートにぶつけると、こんな答えが返ってきたという。

「日本社会がそうなんだから、大学の水泳部だけ違うやり方をしても社会に出たときに困るだけだ」

一ノ瀬が言う。

「なるほどなと思いました。体育会の人が企業から好かれるのは、だからなんやって。そういうことを知るのも大事かもって心のどこかで思っていたので、いまは納得しています」

一ノ瀬メイは、1997年にイギリス人の父親と日本人の母親のあいだに生まれたミックスである。生まれながらに右肘から先がない。

幼児のころから水泳を始め、中学2年で2010年アジアパラ競技大会(中国・広州)に出場し、50m自由形(S9)で銀メダルを獲得。2014年アジアパラ競技大会(韓国・仁川)では、銀メダル2個、銅メダル2個を獲得し、現在、パラの日本記録を4つ保持している。

その一方で、高校3年のときには全国高等学校英語スピーチコンテストに参加し、「障害って何?」というスピーチで全国優勝を飾った。

近畿大学の入学式でも新入生代表で挨拶をし、挨拶の最後に自分の好きな英語のフレーズ、“You donʼt have to be great to start, but you just have to start to be great.”を付け加えたが、日本語訳をしなかったこともあって、会場から「おーっ」とどよめきが起こったという。

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門前払いからの渡英

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