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真田信繁の手紙に残る“謎の焼酎”に迫った小説家…文献から読み解いたその一杯の味は?

黒澤はゆま(歴史小説家)

2020年05月02日 公開

 

信繁が飲んだ粕取り焼酎に一番近いのは!?

クンチョウ酒造「三隈」

さて、ここまで分かったら、あとは現在売られている粕取り焼酎のなかで、最も近いと思われるのを探すだけである。

粕取焼酎には「正調粕取」と「吟醸粕取」の二つの種類があるが、最も古風な型を残した前者がそれに近いと考えられる。「正調粕取」は、通気性をよくするため、籾殻と酒粕を混ぜてから蒸留する。童蒙酒造記にも記載されている方式である。

この製法を頑固に守っているというクンチョウ酒造さんの「三隈」を取り寄せてみた。

飲んでみて一驚。
今まで一度も飲んだことのない味である。

籾殻のせいだろうか、ちょっとビターチョコレートに似た匂いもするが、それ以上にとにかく焦げ臭い、むせかえるような土の匂いである。味も重く騒がしい。軽やか、クリアなんて薬にもしたくない感じである。

かつて、福岡ではこの方式で作った焼酎を早苗饗焼酎と呼んで、田植えが終わった後に、飲んで楽しんだという。

なるほど、確かに顔に新田の泥をつけた人の素朴な笑顔が似合う酒である。楽しいし懐かしい。愉快な焼酎だ。真田信繁が飲んだ焼酎はこうでなければと感じさせる味だった。

「昔から太平の世には辛口、乱世には甘口の酒がはやる」

童蒙酒造記に「酒粕十貫目につき、焼酎が四升五合取れれば上等の品質、五升ならば中等の品質、六升ならば下等の品質」とある通り、焼酎は作るのにずいぶん元手が入り、値も張るものだった。その豪快な風味とは裏腹に、平和な時代になって、はじめて楽しめるものだった。

戦国最後のあだ花を咲かせる信繁が、平和の象徴である焼酎を飲む風景は、なんだかそれ自体が運命への大きな皮肉のようでもある。

粕取焼酎の鮮烈な味と香気がいざなう酔いのなか、信繁が抱いた思いは何だったのだろうか?安楽で怠惰な平和をそれなりに楽しんでいたのか、それとも、血煙と硝煙が舞う中世最大の大戦への夢か。

そこまでは、史書をいくら紐解いても答えは出ず、ただ手元の盃を黙ってあおるしかないようである。

参考文献:
「銘酒誕生―白酒と焼酎」(小泉武夫著、講談社)
「焼酎・東回り西回り 酒文選書」(玉村豊男著、TaKaRa酒生活文化研究所)
「焼酎の基」(日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会)
「現代焼酎考」(稲垣真美著、岩波新書)
「日本の酒」(坂口謹一郎著、岩波文庫)
「毛吹草」(竹内若著、岩波文庫)
「日本農書全集 第51巻 農産加工 2」(吉田元著、農山漁村文化協会)
「本朝食鑑」(人見必大著、島田勇雄訳、平凡社)
「真田宝物館だより 第四十号」(真田宝物館著)

参考論文:
「本格焼酎製造方法の成立過程に関する考察」(鮫島吉廣著)
「本格焼酎の化学」(高峯和則著)
「壱岐の焼酎」(戸井田克己著)
「焼酎の伝播の検証と、その後に於ける焼酎の技術的発展」(小泉武夫著)
「世界の蒸留器と本格焼酎蒸留器の伝播について」(米元俊一著)

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