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斎藤道三の描き方が変わる…大河ドラマの名作『国盗り物語』と『麒麟がくる』の相違点



2020年06月26日 公開

前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)

前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)

「名古屋おもてなし武将隊」とは、名古屋城に詰め観光客をもてなす武将と足軽の10人組である。2009年11月、名古屋開府400年のPR大使として名古屋にゆかりの6人の武将と4人の足軽で名古屋おもてなし武将隊が結成、すでに10年以上にわたり活躍を続けている。

そのうちの一人、前田慶次氏は名古屋城検定に検定過去最高点で合格し同検定の名誉顧問を務め、日本城郭検定にも合格するなど歴史への造詣も深い。 前田慶次氏が自身のYouTubeチャンネル「前田慶次5分で戦国時代チャンネル」にて『麒麟がくる』中断に伴い放送されているNHK戦国大河ドラマ名場面スペシャルを徹底解説している。本稿ではその一部を紹介する。

※本稿はYouTubeチャンネル「前田慶次5分で戦国時代チャンネル」にて配信された内容を再構成したものです。

 

同じ斎藤道三を扱う2つの大河ドラマ

大河ドラマ『麒麟がくる』の放送が一時休戦と相成り、これまでの戦国大河ドラマをまとめあげられた特別放送戦を繰り広げている。今回は『麒麟がくる』と重なる部分も多い大河ドラマの名作中の名作『国盗り物語』。

1973年に放送された本作は、司馬遼太郎の小説を映像化。物語は橋渡し形式となっている。物語前半では、油売りから美濃の大名へと成り上がる斎藤道三が主軸。道三亡き後は、天下統一を目指す織田信長と、本能寺の変で信長を討つ明智光秀に焦点を当ている。

時代、登場人物、題材は同じだが、『麒麟がくる』では描かれていない場面も多く、『麒麟がくる』の視聴者も楽しめる作品と言え申す。

作り手によって歴史の表現の仕方が変わるという点を理解すれば、歴史をより深堀りできるようになるであろう。

 

司馬遼太郎の『国盗り物語』ってなんぞや?

まずは『国盗り物語』について説明する。

『国盗り物語』は司馬遼太郎によって、1963年から66年にかけて『サンデー毎日』誌上にて連載された歴史小説である。

先に申した通り、物語の主軸は斎藤道三、織田信長、そして明智光秀。各々の目線を取り入れて、戦国時代が進んでいく。大河ドラマ国盗り物語は、平均22.4%の視聴率に加え、最高視聴率は29.9%と見事な武功を立てておる。

現代において織田信長を多くの者が知っているのは、前人未到の偉業、天下統一を推し進めた稀代の武将であったことも要因と考えるが、この『国盗り物語』の影響も大きかったと儂は考える。

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『国盗り物語』と『麒麟がくる』、斎藤道三の下剋上についての相違点 >



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