SNSなどを通じて個人書きたいことを自由に書き、ネットで発信できる時代。ネットの伝播力が既存メディアと拮抗するとも凌駕するとも言われるける時代に、紙の書籍や雑誌の意義や役割はかつてと変化していると言えるかもしれない。
作家エージェンシーであるアップルシード・エージェンシーの代表を務める鬼塚忠氏は、書きたいことを紙に印刷して書籍にし、全国の書店に流通させることには大きな意義があると語り、その証拠として紙の書籍の出版を目的とする「出版講座」が人気を博していることを指摘する。
19年間にわたり「作家のエージェント」として多数の著者をプロデュースし、また自身も映画化された小説『花戦さ』の作者であり、出版講座「日本一出版に結びつく著者養成ゼミ」の講師を務める鬼塚氏に、なぜ紙の出版を希望する人が多いのか、そして出版の意義について聞いた。
紙の本を出版し流通させることは、効率的だった
もともと、出版は「publish」というだけあって、個のことを公にすることでした。つまり、「事実や主義、主張、または創作した物語を公に向かって伝える」という行為です。
その時、紙に文字を印刷し、世間に流通させることが一番効率的でした。
その次に来る方法は辻説法というか、できるだけ多くの人の前で話すことです。
この2つを比べると圧倒的に、前者の手法、つまり伝えたいことを紙に印刷して、世に流通させる方が効果的だったわけです。
ところが、元来は効率的な手法だった印刷・製本・流通は、インターネットの効率性の前では非効率となり、文字による表現・発信はTwitterやFacebookなどのSNS、ブログなどが席巻するようになりました。手軽で誰でも参加できることで、ユーザーも激増し、人々の注目もどんどん移行しているのも事実です。
辻説法もこれまた長じて、テレビやYouTubeなどの動画公開に移ってきています。
「それでも紙の本を出版したい」という人が後をたたないのは、書籍という媒体の持つ信頼性の高さがネットの時代においても求められているからだと考えています。
流通させてしまった本は「削除も上書きも」できない
実際、紙の書籍の売り上げは1996年にピークをむかえ(1兆1,692億円)、そこから毎年3%程度落ち続けて、2019年にはおよそ6割の6,723億円となっています(出版科学研究所調べより)。
私は、1996年頃に出版の世界に入りました。その頃は肌感覚でいっても、1作品の初版部数が平均して1万部ほどありましたが、今はその半分の5千部ほどです。また、当時は5万部を超えるとベストセラーだという雰囲気がありましたが、今では3万部を超えれば、ベストセラーと言えるような気がします。
ピークの年から20年以上たった去年。書籍の売り上げの減少が、下げ止まったという統計が出ています。半期決算で1%程度上がり、出版業界は安堵しました。
直近の新型コロナ禍では多くの書店が休業を余儀なくされましたが、休校や自粛生活のなかで書籍へのニーズが高まり、市場が盛り返したとも言われています。ただそれが、新型コロナ禍の反動なのか、もしくは本質的に本が読まれるようになったことの表れなのかは、今後の売れ行きを見ないと、何とも言えません。
ただ、そういった売り上げの推移とは別に、「紙の本を出したい」というニーズは依然として高いと体感しています。
情報の「拡散性」や「即時性」に関しては、SNSなど、ネットに利があります。しかし、情報の「信頼性」と「安心感」を、書籍が内容しているからだと思っています。
長い間、出版の現場に身を置いているのでわかるのですが、一冊の書籍が世に出るまでに、編集者や校正者など、チェックするプロの仕事は、極めて慎重かつ細やかに行われています。なぜなら一度本の形にして流通させてしまったら、削除も上書きもできないからです。
それだけに極めて慎重に制作されますし、その信頼度は高さは保証されていると思っています。アナログですから、やり直しがきかないのです。
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