1887年生まれの経済学者・シュンペーターの言葉が「図星すぎる」理由
2020年11月30日 公開 2022年01月13日 更新
企業者が生み出す新結合
ここまでの考察があって、イノベーションの解釈として後世に語られ続ける「新結合」という言葉が登場します。本書では、企業者の活動の本質を、次の文章で表現しています。
「経済的可能性として存在しているものを新しい結合(neue Kombination)に具体化して遂行することにある」(P157)
新結合は今までに作られていないものが作られ、既存の価値体系を変えるものです。新結合を遂行するために、企業者は静態的経済のなかに存在する資源の一部を取り上げ、新しい要素に振り向けます。
新結合の実現には労働者に働いてもらう必要があることから、その資金の準備のために銀行家や資本家に働きかけます。
企業者とそれ以外の人を隔てる決定的な要素は、アイデアではなく、「行動」および「行動力」です。企業者はトップとは限らず、組織の中のどこからでも発生する可能性があります。
ここまでの内容を読むと、企業者は現代よりもより強い存在だったことがうかがえます。これは現代の起業家について解説した書だと言われても、それほど違和感がないように思います。
この普遍的とも言える内容を着想するまでに、シュンペーターはどれだけ考え抜いたのでしょうか。
経済発展の原動力
本書はその後、信用、企業者利潤、資本利子、経済恐慌などについて語られていきます。そして『経済発展の理論』という主題を総括する、最終章に入っていきます。
独立した地域内でも経済が静態的にとどまらず成長する原動力は、人々の欲求の持続的な発展であると喝破します。その欲求は元来人々が持っているものにとどまらず、経済発展が次の欲求を生み、連続的に成長する特性があるのです。
そのような発展状態こそが、人々を喜ばせ、快い状態にするといいます。つまり人は、社会の富が最高の状態に達した時に幸福になるのではなく、社会がより発展していく過程の方が幸福なのだといいます。富はその絶対値ではなく、変化量こそが大切だということです。
この示唆は身のまわりの組織に照らしてみても感覚として納得できるのではないでしょうか。成長しているという事実そのものが重要で、衰退する過程では組織の活力を保つことが難しいこととも整合しているように感じられます。
今の時代を生きる人が学ぶべきこと
冒頭に触れましたが、本書は1912年に出版されています。T型フォードが1908年にやっと登場したころで、まだ第一次世界大戦の開戦前です。
シュンペーターがこの理論を打ち出すまでに、経済統計の推移を大量に分析したことが想像されます。そして現代のイノベーション理論の本流となる、「新結合」というシンプルな概念に到達しています。
美しい理論や主張はシンプルなものです。シュンペーターの主張は極めてわかりやすく、企業者の、現代的に言うとスタートアップ経営者や事業家の本質を明らかにしています。
私たちは現代に作られる名著だけでなく、古典的な名著にも触れることで、経済や歴史の流れに思いを馳せることができます。
多くの古典的名著は現代語訳が古く、読みにくいことが多いのですが、ありがたいことに本書は2020年5月に新たな訳でよみがえっています。この大作を世に出された関係者の方々の努力に感謝しつつ、経済史を象徴する名著に挑戦してみてはいかがでしょうか。