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生き方

「周囲の評判ばかりを気にする親」に縛られ続けた子の悲劇

加藤諦三(早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員)

2021年01月29日 公開 2023年07月26日 更新

「周囲の評判ばかりを気にする親」に縛られ続けた子の悲劇

近年、社会問題として頻繁に挙げられている、“心の病”の問題。うつ病や統合失調症など、身近で聞くことも増えているのではないだろうか。こうした心の病を患う人は真面目であるがゆえに、子どもの頃から権威主義的な親の高い要求に応えようとしてきた、と加藤諦三氏は指摘する。

加藤氏の著書『「自身が持てない人」の心理学』では、心に何らかの問題を抱える人が、過去に経験してきた環境やトラウマについて解説している。本稿では、同書より精神的、心理的に病む人を生んでしまう、家庭内環境についての一説を紹介する。

※本稿は、加藤諦三(著)『「自身が持てない人」の心理学』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

誠実な者ほど重い荷物を背負ってしまう

ライヒマンの論文で、躁うつ病者について適切な指摘がある。つまり、"彼らは他人の性格を無視するが、同時に、他の人が自分をもてなし、あるいはごまかすのにまかせておくのが普通である"、というのである。

他人が自分を適当にあつかい、あるいはごまかすのにまかせておく、というのは、恐ろしいことである。しかし、よくおこなわれていることである。

病んでしまった彼らは、根は普通の人より真面目なのである。彼らは子供の頃から「われわれはみんな一緒だ」といわれながら育った。しかし、他の兄弟姉妹は、家族の他のメンバーに本心を隠して適当にずるく立ち回った。だから、心がおかしくはならなかった。

権威主義者である親の言うことを、他の兄弟姉妹は適当に受け流した。ところが、心の病んだ彼だけは、家の中の権威主義者である親のいうことを、いちいち真剣に受けとり、真面目に対応した。

家族の評判を高めるために、親は自分をおだてて親の望むように自分を動かそうとしているなどということには気づいていない。ほめられたとて本当にほめられているのではなく、おだてられているのにすぎないとは気づいていない。

親は家の評判を高めるために、子供に高い行動基準を求める。近所の評判を高めるために、子供に高すぎる倫理基準を求める。そして、他の兄弟姉妹は、それらの要求を適当にあつかう。親の見ていないところでは破る。しかし、心の病んだ人だけは、その高すぎる倫理基準、行動基準にあわせようとする。

しかし、近所の評判を気にするこのような親の要求に完全にこたえることは、子供の本性からしてできない。けれども誠実な彼はこたえようとする。彼は解決不可能な問題をかかえ、しかもこれを解決しようとする。

躁うつ病になる人は、要するにできないことをするように求められたのである。他の家族のメンバーは、そんなことはできないよ、と適当にあしらい、親の前ではいかにも努力しているふりをした。

しかし、心の病んだ彼だけは、誠実にやろうとした。その結果、心は病んだのである。家族の中で最も重い荷物を背負わされ、その重すぎる荷物を最も誠実に背負い、そして病んだ。

 

「家族の固い団結」の陰にある“現代の心の病”

今、家庭内暴力がある。不登校がある。うつ病の増加がある。成熟拒否といわれる人々の群がいる。現代の国民病として思春期挫折症候群をあげる人もいる。

それらのすべてを、今述べてきたような家族の病理と同じに説明できるとは、もちろん思わない。しかし、現代人は病んでいる。しかもペストや結核のように対処していない。

それはなぜか。愛の名のもとに実際におこなわれていることが何かを知らないからである。ペストも結核も人間にとって有害と誰もが知っていた。誰も「あんな理想的なことが」とはいわなかった。

しかし、家族の病理はどうであろうか。「われわれは一緒なのだ」ということは、いいことである。子供はこのような雰囲気の中で健全に育つ。強い家族の連帯があって、子供は安心して生きられよう。

問題は、そのように立派ないいことを前面におし出しつつ、まったくそのことと逆のことが人間にはできるということなのである。ある一人の人間を搾取するための美名が「われわれはみんな一緒なのだ」ということである。

うつ病や、偏頭痛に苦しむ人間は、「われわれはみんな一緒なのだ」といわれながら、実は一人ぼっちだったのである。卑怯者たちは「家族の固い団結」をとなえながら、彼を家族の枠の中に縛りつけた。家族の枠の中に縛りつけながら、利己主義者達は彼を仲間はずれにした。

フロム・ライヒマンが、うつ病者の家族について述べてきたことは、今もなおくりかえし考えるに価する。「われわれはみんな一緒だ」という家族の中で成長しながら、うつ病患者は児童期の初期から極端に孤独であった。

しかし彼らには、その特別な役割をになわなければならない義務など、どこにもなかったのである。それなのに、彼らは義務と感じてしまったのであろう。

「われわれはみんな一緒だ」と声高に主張することで、ある人を極端な孤独に追いやる。このような欺瞞を見抜くことの中に、現代の心の病を救う道が開けるのではなかろうか。病んだ人の回りにいたのは、尾のないキツネやタヌキばかりだったのである。

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見えない環境で起きている恐ろしいこと

著者紹介

加藤諦三(かとう・たいぞう)

早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員

1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。

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