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“台湾の頭脳”オードリー・タンが世界から賞賛される「コロナ対応だけではない理由」

大賀康史(フライヤーCEO)

2021年02月01日 公開 2022年10月20日 更新

オードリー・タン

台湾の新型コロナウイルスの対応がなぜ機能したのか

台湾は新型コロナウイルスの封じ込めに、いち早く成功しています。これは医療専門家、政府、民間とともに、社会全体の努力の成果だと言われています。

武漢での感染拡大当初の2020年1月20日に中央感染症指揮センターを設立し、翌日に台湾人女性の感染を確認。22日に武漢からの団体観光客の入国許可を取り消し、24日には中国本土からのすべての団体観光客の入国を禁止します。

それと同時に、スマートフォンを活用して、感染者と接触した可能性のある人たちに警告の連絡をしたそうです。日ごとに対応を更新するほどに、初期対応が迅速だったと言えるでしょう。

このように公衆衛生においては、官公庁が迅速に動くということの大切さとともに、重要な原則があるといいます。

それは、一部の人が高度な知識を持っているよりも、大多数の人が基本的な知識を持っている方が重要だということです。例えば手を洗う際に石鹸で洗うことは、広く行われてこそ効力を発揮します。

マスクの配布に関しても、キャッシュレスの仕組みも構築しながらも、使い慣れていない高齢者のために薬局の仕組みも併用して、誰でもマスクを購入できるようにしました。

さらに、市民のプログラマからなるシビックハッカーにより、マスクの在庫状況がわかるマスクマップが構築されました。

この新型コロナウイルスの対応に関しては、対応の迅速さが効果を発揮しています。それとともに、テクノロジーを使うべきところと使わないところを併用して、血の通ったデジタル政策をしているようでもあります。

台湾が政策にテクノロジーを活用しているのは、新型コロナウイルス対応にとどまりません。2014年にはオンラインで法案を討論する「vTaiwan」というプラットフォームを展開しています。

著者がデジタル担当政務委員に就任した2016年には、「Join」という参加型プラットフォームを構築します。

「Join」は、主に医療サービス、公衆衛生設備、公営住宅建設などの政府プロジェクトについて、住民の新しいアイデアを提案して意見を言えるプラットフォームです。これまでに議論された政府プロジェクトは2,000件以上で、ユーザー数はなんと1,000万人を超えます。

このような取り組みで著者が大切にされている価値観は、「政治への直接参加」と「常にアップデートしていく」ということです。以降は本の内容から離れますが、この話はスタートアップの会社経営に近いものを感じます。

「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」と言われる経営資源のうち、スタートアップが大企業に比べて優位なものはありません。

そのため、私自身は「スピード」こそがスタートアップが持っている構造上の最大の優位性だと考えています。メンバーの直接参加と常にアップデートする姿勢はその優位性を強める要素です。

台湾は、大国と比べたときに、広さ、人口、資源、軍事力などのハードパワーには優位性がほとんど存在しません。それは国土の狭いシンガポールや、中東にありながら石油資源にめぐまれないドバイのような地域でも同様です。

でも彼らはその弱みを上回る、運営上の優位性を築いています。政策のスピード感や合理性で、他の地域を凌駕しています。日本のような他の国が学ぶべき点は多いように思います。

 

AIと人類の未来

今まで人の知性は神聖な領域として扱われてきました。哲学者の一部は、知性や意志は他の生物にはなく人類だけが持つと表現してきました。しかし、科学の進歩にともない、人の最後の砦だと思われた脳の領域もテクノロジーが扱えるようになりつつあります。

AIが全人類の知性の総和を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)は2045年だと言われています。人はその優れた知性をもって様々な発明をしてきて、ついには地球上のヒエラルキーの頂点に君臨してきました。

ただ、今後はAIが人類の知性をうわまわるため、人はAIに支配されることになる、ということが暗に示されています。

一方で、ディープラーニングやニューラルネットワークと呼ばれるAIを本格的に学んでいる人から聞くと、どうもこれらが人間の脳が持つ機能全体をカバーするようには思えないと言います。人類が脳の構造を再現するのには、もっと長い月日がかかるのかもしれません。

さて、我々は未来もテクノロジーの舵をにぎり続けることができるのでしょうか。それともテクノロジーが進みブラックボックスと化して、重要な政策判断をAIにゆだねるような世界になるのでしょうか。

 

誰も取り残さない社会とは

本書を読み解いていくと、著者が指揮する取り組みの底流には、人の多様性を尊重しようという思想が表れているようです。AIやテクノロジーに対してすらも、多様性の一種として中に入れられているような表現もあって、人とテクノロジーの共存・共栄の関係を見出されています。

著者はその関係の先に、誰も取り残さない社会を夢見ています。AIやテクノロジーのことがわかる人だけが豊かになるのではなく、全ての人にテクノロジーの恩恵が及ぶような社会をイメージしています。

人はテクノロジーと競争せずに、人がより良く生きていくために、テクノロジーの強みを主体的に活かしていくのだという強い意志も感じます。

本書は全体として台湾の取り組みを通じて、著者の思想に触れられる構成になっています。多様な人や社会的な弱者をも統合するためにテクノロジーを活用するということを言うこと自体は簡単かもしれませんが、著者はそれを少しずつ実装しているのが特筆すべきことだと思います。

テクノロジーの進化に対して、このような主体的な姿勢で向き合う姿に、人類の希望を託したくなる本ではないでしょうか。

著者紹介

フライヤー(flier)

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