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人と地域に“根ざす”企業のあり方を求めて~新井将能・NEZASホールディングス社長

マネジメント誌「衆知」

2021年03月01日 公開 2022年10月17日 更新

新井将能(株式会社NEZASホールディングス代表取締役社長)
 

新井将能 株式会社NEZASホールディングス代表取締役社長
あらい・まさよし*1971年栃木県生まれ。東洋大学大学院経営学研究科修了。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。経営学修士、社会心理学修士。中日新聞社勤務を経て、2004年栃木トヨタ自動車に入社。2012年社長であった父・祥夫氏の逝去に伴い、経営母体の新庄および栃木トヨタ自動車の社長に就任。2015年NEZASホールディングスを設立し、グループ再編、社長に就任。2019年栃木トヨタ自動車社長を退任し、以降、NEZASグループ全体の舵取りに専念している。また、事業構想大学院大学にて客員教授も務める。

自社のビジネスは、何のために存在しているのか。そして、その目指すところをどのように具現化していけばよいのか。経営者、リーダーはこのような本源的な問いを繰り返し、その答えを追求し続けなければならないが、一風変わった実験的なプロセスでそれに取り組む経営者がいる。「地域に根ざす」ことを理念に掲げ、栃木県・福島県で自動車販売などの事業を展開するNEZAS(ネザス)グループのトップ・新井将能氏だ。自身の中で深められた問題意識が、いくつもの縁が重なって多くの人々に広がり、さらに新たな「気づき」をもたらす――そんな思いもよらない展開につながった取り組みを紹介しよう。

取材・文:若林邦秀
 

人生の残り時間の中で何を為すべきか

NEZASホールディングス(栃木県宇都宮市)は、栃木トヨタ自動車、福島トヨタ自動車などの関係13社を傘下に持つ持株会社である。代表の新井将能氏は、栃木トヨタ自動車の経営母体であった株式会社新庄の五代目。2012年3月、父親の四代目社長・新井祥夫氏の逝去に伴い、新庄および栃木トヨタ自動車の経営を引き継ぐことになった。

当時、福島トヨタ自動車の株式は栃木トヨタ自動車が保有し、同じトヨタ販売会社同士が“親子関係”という異例の状態になっていた。そこで将能氏は、純粋持株会社NEZASホールディングスを設立し、両社の株式を一元的に保有することで、タテ関係をヨコの関係に戻したのだった。

組織構成や社内制度がひと通り整ったところで、2019年6月、栃木トヨタ自動車の社長に将能氏の実弟である新井孝則氏が就任。自動車販売事業の経営は各社の社長に委ね、将能氏はグループのトップとして新たな次元で経営と向き合うことになったのである。

ただ、組織の形は整ったものの、グループとしての特長や方向性がはっきりしたわけではない。地域は栃木と福島に分かれている。トヨタの販売店とそこから派生した事業もあれば、ガソリンスタンドや日用雑貨など地域に密着して展開してきた新庄に由来する事業もある。各社の社員のバックボーンが異なるため、簡単にひとくくりにできないもどかしさを抱えていた。

一方、将能氏の中には、父親の逝去を受けてある種の心境の変化も生じていた。それは、死生観にかかわるものだった。

将能氏が交流を持つ経営者の一人に、ネスレ日本の前社長・高岡浩三氏がいる。高岡氏の父と祖父はともに42歳で亡くなっており、そのため高岡氏には、「自分も同じ年齢で生涯を終えるのではないか」という意識があったそうだ。そのことを知っていた将能氏も、父親の死と自分の寿命を重ね合わせて考えるようになる。

「父は71歳で亡くなりました。仮に自分の寿命も同じだとしたら、あと二十数年ということになる。これまで生きてきた時間よりも、これから生きる時間のほうが短い。何かを試そうと思ったら、あまり時間はないのだなと思いました」(将能氏)

その後ほどなくして将能氏は結婚し、子宝にも恵まれた。一家庭人として、子を持つ親としてどうあるべきかという課題も意識するようになったという。

NEZASホールディングスは純粋持株会社で、何か具体的な事業を行なっているわけではない。そういう会社の代表として、何を為すべきなのか。公人として、私人として、命の有限性の中で自身のあり方が問われている――将能氏は思索を深めていった。

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「根ざす」とは人と向き合うこと

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