他人の評価ばかり気にして自らの幸せとは何かを考えないで、現実から逃げているうちに自分が誰であるか分からなくなる。それでは自分自身の人生の目的が分からない――そのような人は「いかに生きるべきか」考えたことがあるだろうか。コロンブスが偉人となったのは「自身の哲学」に沿って人生を全うしたからである。
人生相談のスペシャリストである加藤諦三氏は著書『人生を後悔することになる人・ならない人』の中で自己実現を果たす人の特徴について明かしている。
※本稿は、加藤諦三著『人生を後悔することになる人・ならない人』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
「いかに生きるべきか」なしでは生きるのが辛い
他人の評価ばかり気にして自らの幸せとは何かを考えないで、現実から逃げているうちに自分が誰であるか分からなくなる。自分が本当に欲しいものが分からなくなる。いつまで経っても自分自身の人生の目的が分からない。
コロンブスは、安全に背を向けて西へ向かって船出した。そしてアメリカを発見した。もちろん無謀にではなく、計画を練りに練り、自らの実力を磨いて、磨いての話である。
コロンブス自身が、「可能な限り全ての種類の勉強をした」と書いている。「地理の勉強、歴史の勉強から哲学の勉強まで」。私の注意を引いたのは、哲学を勉強したということである。
彼はインドに行きたいと思っていたのだから、地理の勉強、歴史等の勉強をするということは常識で理解出来る。だが、哲学となると話は別である。コロンブスが哲学を学んだということから、彼は「人間いかに生きるべきか」ということを考えていた人だったのではないかと私は推測している。
当時の船乗りは皆、東へ向けて船を走らせた。しかし、コロンブスは「西へ行こう」といった。彼が「西へ行こう」と決意したことには、地理や歴史や航海記録の勉強に加えて、「私はこうして生きるのだ」という彼の人生哲学があらわれているのではないかと私は思っている。
彼のこの「西へ行こう」という決意こそが、人類の歴史上の大きな「パラダイムシフト」だった。航海の常識をぬりかえ、それによって歴史が変わったことを、現在の私達は知っている。
コロンブスは大学で学んでいない。つまり、高等教育を受けていない。しかし彼は、自分が生きるために必要なものは身につけた。学歴は人を救わないが、学問は人を救う。コロンブスが安全第一であれば、安全に背を向けて西へ向かって船出しない。
コロンブスの話をすると、あまりにも私たちの日常生活とかけ離れていて、自分の人生の参考にはならないと思うかもしれない。しかし誰にでもその人の中に「その人自身のコロンブス」はいる。
あのコロンブスだって、自らを奮い立たせることなく、何も感じないで日常生活のままで、安全に背を向けて西へ向かって船出したわけではない。自己実現しながら生きる時には、誰もがコロンブスなのである。安全第一だけでは、自分の「実りある人生の航海」には出帆できない。
人生をつまらなくするキーワード「安全第一」
人が、安全第一になるのは幼児願望が満たされていないからである。幼児願望が満たされていない人は、受け身のままでまず誉めてもらいたい。それは大きくなってしまった幼児である。彼らはただ褒められたい一心であり「安全第一」なので、自分の人生という大海原に帆を上げて出ていかない。
15世紀のことである。コロンブスは頭を上げて、手で机をたたいていった。
「私は西に航海しよう」
その時、コロンブスが人生に求めたものは何であったろうか。コロンブスがあのジェノアの海のかなたに思い描いたものは何であったろうか。なぜコロンブスは、あのジェノアの石だたみの上に立って「私は西へ、西へ、西へ行こう」といったのだろうか?
私は、1972年の夏、ジェノアのコロンブスの生家をたずねた。小雨が降っていた。その小雨の中から海を見た時、コロンブスが「西へ行こう」といった時のその人生が何と豊かであったろうかとしみじみ感じた。
ジェノアからリビエラ海岸ぞいに海を見た時、人生の豊かさとは何であるかを思い知らされるような気がした。そして、彼には何という豊かな明日があったであろうか。「西へ行こう」。そういった時のコロンブスの人生の豊かさに比べれば、消費社会の価値獲得に失敗することなど何になろう。
誰の人生にも、航海を待っている大海原がある。しかし「人生意気に感じる」ことを阻んでいるものがある。それは、安全第一の執拗さである。