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生き方

毎日トクをしている人の秘密(名越康文)

名越康文(精神科医)

2012年02月27日 公開 2022年08月16日 更新

 

「今ここ」に集中することの力

 ではどうやって不安をコントロールすればいいのでしょうか。実は、原理そのものは非常に簡単です。不安というのは「未来を予測する」ことによって生じます。だから、それを軽減、あるいは消していくためには、「今ここ」に集中することが有効だということになるわけです。

「今ここ」に集中することの大切さは、さまざまな分野で説かれています。例えば武術研究家の甲野善紀先生という方がいらっしゃいます。甲野先生の武術の技には、「いかに先のことを考えず、今に集中するか」ということが技術的課題となるものが多くあります。

「こうしてやろう」という意思で技をかけるという行為は、ある種、未来を予測しながら動く、ということを意味します。しかし「こうしてやろう」という意思をもってしまうとその情報が相手に伝わってしまうため、相手が対応したり、裏を取りやすくなったりしてしまいます。それゆえ、武術の技では「今ここ」に集中し、相手に対応されにくい技を行うことが課題となるのです。

あるいは、これはあくまで「今、僕が取り組んでいるレベルでは」という限定つきで聞いていただく必要があるのですが、「瞑想」も、いかに「今ここ」にエネルギーを集中するか、ということに力点が置かれたトレーニング方法といえます。

「今ここ」に集中することができると、不安に突き動かされて生じる妄想的な予測に振り回されることがなくなります。念のため補足しておくと、それは「予測なんかせず、行き当たりばったりで行動する」ということとは違います。

「今ここ」に集中している人にも、もちろん予測はある。ただし、「今ここ」という時間に意識的に踏みとどまっているときに生じる予測と、不安に突き動かされてあれこれ邪推するのとでは、まったく質が異なるのです。

「今ここ」に集中しているフェイズで生じる感覚は、“予測”というよりは“見える”という表現に近いものです。今という時間を中心に同心円状に意識の視野が広がり、その場の状況がよりはっきり感じられ、目の前の人間の行動や感情の動きが、よりいきいきと感じ取れるようになる。

そういう感覚、フェイズに入ることができれば、妄想的な予測からは解放されますし、不安に苛(さいな)まれることは少なくなるでしょう。

一方で、もしかすると、「いや、私は未来が不安なんじゃなくて、過去の出来事、トラウマに傷ついているんです」という人もいらっしゃるかもしれません。しかし、僕の臨床経験上、現在や未来への不安と無関係に、いきなり「過去」が問題として想起される、というケースは多くありません。

例えば、今直面している問題が「なぜ」生じたのか(あのときの、あの出来事のせいではないか?)というように、過去に遡って理由を求め、それを清算したいと願う気持ちや、「こんなことが起きたら嫌だ」という未来への不安から、過去の記憶が引っ張り出されているケースが圧倒的に多いんです。

さらに付け加えておくと、未来への不安のために、不快な過去が捏造(ねつぞう)されてしまうことすら、少なくありません。過去のひどい体験や記憶が引っ張り出されてきて、「もっとひどい形で、同じような日に遭うかもしれない」という不安が次々に拡大再生産されていく。

こうしたパターンが、ある種の癖のように反復され、妄想的に辛い過去が増殖していく状態に陥る人もいます。

いずれにしてもここでいえることは、僕らがまず問題として取り扱うべき課題は、過去よりも現在、あるいは未来に関する不安であるということです。

確かに思い出すのも辛い過去はあるかもしれませんが、過去はもう済んだことであり、事実としてはすでに確定したもので、変わることはありません。これに対して未来には、いい方向にも、悪い方向にも変わりうる、無限の可能性が広がっています。

あらゆることが起こりうるということのほうが、人間にとっては恐ろしいし、不安も強い。だからこそ、そこにどうかかわるかという方策を練ることが大切になります。


「徳とする」という言葉があります。目上の人の教えなどをありがたいものとして感謝する、という意味です。

毎日楽しんで過ごしている人は、人に感謝する、など当たり前のことを自然なふるまいとしてされているのではないかと思います。

小さな「徳」を積み重ねながら、少し「得」したな、と楽しい気分で毎日過ごしていただく秘密が詰まったのが本書『毎日トクしている人の秘密』です。「幸福とは何か」をテーマに、僕が今の時点で考えたことをまとめてみました。少しでも手に取っていただいた皆さんのご参考になれば幸いです。

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