撮影:ジョー
進学や就職、またはセカンドキャリアなど、多くの方が新しい生活をスタートさせる春。
料理研究家の土井善晴さん曰く、自分の食べるものを自分で作ることは、自由への第一歩であるという。慣れない生活のなかでも続けられる一汁一菜と、食を通じた自立について説く、土井先生の真意とは。
※本稿は土井善晴・土井光 共著『お味噌知る。』(世界文化社)より抜粋・編集したものです。
新生活にもおすすめしたい「一汁一菜」
新しい生活を始める時に、大事なことは、どんなふうに暮らそうと思うかです。それは、どんな人生を送るかに繋がり、自分の人生の土台にもなるのです。そして自分の土台を作る暮らし方に沿った最小限の生活道具を揃えることは、重要なことです。
仕事や勉強に集中したいと思うなら、一汁一菜というスタイルを提案します。味噌汁(おかずを兼ねる)を中心にして主食にご飯、麺やパンという食事です。
自分の暮らしのリズムを壊さないために、何も考えなくても、さっと作れて、きちんと食べられる。手と頭を自動的に連動させるトレーニングにもなる。それに季節だって感じられます。そうした毎日おなじことの繰り返しが、何より感性をとぎすませてくれるのです。
食は極めれば美の問題だから、食を大事にしていれば、美意識がよくはたらくようになるので、感じなかったことが感じられるようになって、見えないものが見えてくるはずです。
そのために必要な道具は、鍋・玉じゃくし・包丁・飯碗・汁椀・小皿・箸・お膳(コンロ・冷蔵庫)だけでいいのです。
鍋は一人暮らしでも、厚手のよいものを選びます。もちろん長く(一生でも)使えるし、鍋の厚さが熱量を大きくして、食材をいたわってくれるのがよいのです。薄い小さすぎるお鍋は、素材を傷つけて味を落とすばかりか、身体にもよくないと思います。
お膳は、お膳の内側と外側を区別して、内側にお料理がのる清らかな場を作ってくれます。
家族なら、一つの食卓を共有することで、食卓がお膳の役割をしています。お膳の上をきれいに整えた食事は、気持ちが改まります。
器は飯碗、汁椀、おかず皿があれば、一汁一菜が実践できます。これを一つ組みにした(入れ子の)三つ椀、四つ椀があります。禅宗の僧のようにごくシンプルな片付いた暮らしです。
頑張るためにも自分の「土台」が必要
今では、食べられるものは、いくらでも売っているんだし、「お料理なんかできなくてもいい」って思うんですね。でも多くの人が「お料理したほうがいい」って、たぶん、知っていると、わかっているんだと、思います。
「そんなこと今どきだれもやらないよ」「買えばいいんだよ」「そんなにがんばらなくてもいいよ」って、やさしく言ってくれるんです。でも、「少しは がんばった方がいい」ってことも、みんなわかっていると思います。世間はいつも足を引っ張るし、誘惑するんですね。
どうして、お料理はした方がいいのか、考えてみました。
若いうちは「がんばれ がんばれ」って励まされると思います。大人も自分でがんばろうって思います。でも、いったい何をがんばればいいのか(?)難問です。勉強する、身体を鍛える、本を読む、ダイエットする…それってどれも特別なことだから、気持ちが忙しくて、どれもできないって時期もあるでしょう。
偉い人になりなさい、立派な人間になりなさい、なんて、昔はよく言われたもんだけど、今でもそんなこと言われるのかな。でも、だからどうすれば偉く、大きくなれるのかは教えてくれなくて「お前は何も考えるな、俺(先輩)の言う通りにやりなさい」「勉強してればいいんだ」って。
何かになるために、どんな仕事でも、いいやり方、教育はそれぞれにあると思うけれど、まずは、立派な学問(?)を、乗っける土台がないといけないんです。それは、未来の自分が乗っかる土台になるのです。
土台は、人間の基礎、根本です。自分の中に土台ができたらすでに変身しているんですね。
それは、ぶれないもので、だれにも奪われないものです。