夢や希望だけでなく、現実のきびしさを教える
私は14歳のときに野球をやめました。4歳から始めて、7歳の頃にはプロの野球選手になりたいと思っていました。でも私の両親は、リトルリーグに入れてくれませんでした。同じ年齢の草野球の子が相手なら、私は投げてよし、打ってよしでした。
5年生のときに初めて同い年のリトルリーグの子と試合をする機会がありました。"井の中の蛙"というのを、私は初めて体験することとなりました。
ヒットも打てないし、何より打球の飛距離がちがいます。草野球では自分が一番だと思っていたのに、実力の差をまざまざと見せつけられたのです。「プロになるのは無理かもしれん」と子ども心に感じました。
私の両親は音楽家で、兄は小さい頃から音楽に特殊な才能をもっていました。ある日、兄にあこがれていた私は母に「僕もやってみたい」と相談してみました。ところが、「あんたは無理や!」と一蹴されてしまいました。
「兄ちゃんには特別な才能がある」。その言葉どおり、兄はほんの一握りしか入れない音楽高校、そして東京藝大へと一発合格で進んでいきました。
がんばったら歌手になれる、努力したらサッカー選手になれる。そんなの嘘です。でもバカな親や教師は、「夢をあきらめたらダメよ」などと言って、はげまします。
現代はおかしな平等主義がはびこっていて、自分の実力や適性、向き不向きに覆いがかけられています。
親は子どもに現実を見せないようにし、自分自身もまた見ないようにして、子どもに自分ができなかった夢を実現させようとしたり、過剰な期待をかけたりします。
もちろん、親が子に期待するのはあたり前のことです。問題はそれが無期限に続けられることなのです。
昔の親は、「お前には無理!」「あんたくらいの子はいくらでもいるよ」と、現実を教えたものです。当然ですが、子どもはそこでくやしがったり、しばらく泣いたりすることもあるでしょう。
しかしそうすることで、子どもは「スポーツはだめだけど、絵は負けない」「勉強はできないけど、人を笑わせるのは得意」などと、何かの道をあきらめて、自分が生きるべき道を探したのです。
そのように、挫折したあとの新しい道を見つける手助けをしてあげるのが、親や教師などの大人の役目のはずです。
【奥田健次(おくだ・けんじ/専門行動療法士、臨床心理士)】
兵庫県西宮市出身。学校法人西軽井沢学園創立者・理事長。桜花学園大学大学院客員教授。法政大学大学院、愛知大学、早稲田大学など非常勤講師を歴任。一般社団法人日本行動分析学会理事、日本子ども健康科学会理事など。発達につまずきのある子とその家族への指導のために、全国各地のみならず海外からの支援要請にも応えている。2018年に日本初の行動分析学を用いたインクルーシブ教育を行うサムエル幼稚園を開園。現在、信州佐久広域を中心に日本初の「いじめ防止プログラム」を導入するインクルーシブ小学校を準備中。著書に『拝啓、アスペルガー先生』(飛鳥新社)、『叱りゼロで「自分からやる子」に育てる本』(だいわ文庫)、『メリットの法則-行動分析学・実践編』(集英社)など多数。https://kenjiokuda.com/