1. PHPオンライン
  2. ニュース
  3. 『昭和の女優』(伊良子序:著)に書かれていること

ニュース

『昭和の女優』(伊良子序:著)に書かれていること

伊良子序

2012年05月10日 公開 2022年05月23日 更新

生まれ変わっても「女優」に

こうして振り返ると、吉永小百合の女優人生は苦悩に満ちているように見える。

しかし、私のインタビューの最後に、彼女はこう言った。「もし生まれ変わるとしたら、そうですねえ、やっぱり女優がいいですね」。

裏方まで全員が手作りの感覚で没頭する「あまりに手工業」な映画が好きなのだと語った。テレビでは満足できない銀幕魂である。

浦山桐郎監督や森谷司郎監督のみならず、成熟期を過ぎてからも多くの巨匠、名匠との出会いが続いた。その中でも、大女優をさらに“開眼”させたのが市川昆監督だった。

昭和58年の『細雪』。吉永は蒔岡家の四姉妹の三女雪子を演じた。無口だが、内心に何かはげしいものを秘めた雪子は、四人の中でもっとも難しい役である。石坂浩二が演じた義兄が自分に色目をつかっているのを知って、雪子は思わせぶりな素振りをかすかに見せて、義兄を翻弄する。大阪弁で言えば「イケズ」、つまりいじわるである。そんな雪子を好演した吉永を市川監督は高く評価している。

市川監督のロングインタビューを本にした『市川崑の映画たち』(ワイズ出版)で、監督はこう言っている。「ふとした瞬間の表情で、心のかげり、屈折をちょっとずつ出していくという僕の計算に、吉永君はよく応えてくれました」。

そして翌年には、やはり市川監督の『おはん』に主演した。宇野千代原作の『おはん』も難役だった。吉永扮するおはんは大人しく、何を考えているのか分からない女である。別れた男幸吉(石坂浩二)が行動的な女おかよ(大原麗子)と関係しているのを知っているが、はっきりと非難する態度は表さない。しかし、はげしい思いは秘めている。

市川監督はこの映画で、人形浄瑠璃を意識した動きを役者に要求した。人形が舞台を移動するような歩き方、「ひい、ひい」といった浄瑠璃の大夫のような泣き声。吉永はそれにみごとに応えている。田舎駅のホームでおはんが最後に見せる複雑な笑み。女の微妙な心理のひだを表現できる大人の女優が、名匠の期待に応えている。市川作品で吉永はいちだんと成長したと言っていい。

それから3年後、またも市川監督から声がかかったのは、吉永にとって思い切りが必要な作品だった。昭和62年の『映画女優』である。この映画で彼女が演じたのは、尊敬してやまない大先輩、田中絹代だった。ハイライトシーンは、溝口健二監督のきびしい演出に耐えて、田中絹代が『西鶴一代女』で街娼を演じている場面。品定めしたあげく、彼女を袖にした客にべろりと舌を出す場面で、襟首まで下品に白塗りした娼婦のふてぶてしさをみごとに演じた田中絹代を、清純派から成長したとはいえ、品のよさが売り物だった吉永が演じる。これは見ものだった。

もう亡くなってはいても田中絹代は実在した大女優。その役を演じる吉永には大きなプレッシャーがかかって当然だった。渋る吉永に市川監督は「小百合ちゃんの“田中絹代”を演じたらいい」と言ったという。決心がついた吉永は自在に、自分にとっての“田中絹代”を演じた。

100本目の映画『つる』も市川監督だった。木下順二の戯曲『夕鶴』あるいは民話「鶴の恩返し」で知られるあの物語だ。ひたむきで美しい吉永小百合のイメージで、彼女は女優人生にいったん区切りをつけた。

それからは、歌舞伎俳優、坂東玉三郎が監督した『外科室』『夢の女』など幻想的な作品に出演したり、大林宜彦監督の『女ざかり』で新聞社の女性論説委員の役に挑戦するなど多様なジャンルに挑んでいる。

最近では、かつて『男はつらいよ』シリーズに2度出演したこともある山田洋次監督の『母べえ』(平成20年)や『おとうと』(平成22年)に出演した。『母べえ』は黒澤組の名スクリプターとして知られる野上照代が書いたノンフィクションの映画化。戦時中に夫が思想犯として獄中にある中、献身的に子どもを育てた野上の母を、吉永は熱演した。彼女にとってはきわめて珍しい母役だった。そして『おとうと』は市川昆監督、岸恵子主演の名作へのオマージュとして作られた作品だった。市川作品とは違う設定で、姉が世間からはみ出した弟(笑福亭鶴瓶)を励まし、最期を看取る物語になっていた。この作品でも吉永は家族の中で献身するヒロインを演じた。

逆境にめげず明るく前を向いていた『キューポラのある街』の少女は、半世紀を経て、やさしく弱者を守る女になった。

自伝『夢一途』に彼女はこんなことを書いている。「原節子さんの道を選ぶか、田中絹代さんのような生き方をすべきなのか」と迷っていた時期に、『映画女優』で“田中絹代”を演じた。そのとき、引退することはやめて、女優としてもっと生きてみようと決意したと。

昭和から平成へ、黄金時代の大先輩からバトンを受け継ぎ、いまも歩みを続けている国民的な大女優・吉永小百合。それにはだれも異論をはさめない。

 

伊良子 序(いらこ・はじめ)
フリージャーナリスト
 
1949(昭和24)年、鳥取県生まれ。
関西学院大学卒。新聞社で学芸部、社会部記者、コラムニストを担当。阪神・淡路大震災後の1996(平成8)年から、神戸100年映画祭の総合プロデューサーを務める。現在はNPO組織になった同映画祭顧問。
著書に『スリーマイル島への旅』(エディション・カイエ)『ジョン・フォード孤高のフロンティア魂』(メディアファクトリー)など。

関連記事

アクセスランキングRanking

前のスライド 次のスライド
×