両者の"成功の定義"のすれ違い
インスタグラムの成長は素直にフェイスブックに喜ばれるものと、シストロムは想定していました。ところが現実は異なりました。フェイスブックからユーザの利用時間を奪う脅威とみなされ、インスタグラムへのリンクは削除され、採用にはブレーキがかけられます。
フェイスブック全体が8,000人増員する中で、インスタグラム部門の増員はわずか93人。10億人のユーザを支えるサービスとしては、少なすぎるものでした。
数カ月間の育児休業を経て復帰した日に、シストロムは経営会議で退任の意向を伝えました。1つの時代の終わりです。
ザッカーバーグは個々に独立したサービスやコミュニティの集合体よりも、一つの巨大なコミュニティを作ることを志向しました。そして、サービスの共通化とガバナンスの強化に舵を切りました。それは合理的な道だったのかもしれません。ただそれ以上に、ザッカーバーグが望んでいたのは、フェイスブックを中心とした支配構造が明確な帝国だったようでもあります。
ジレンマを制するものはスタートアップを制する
スタートアップに限らずマネジメントという行為には必ずジレンマがともないます。その時に負うべきリスクと現実的に負えるリスク。その時に必要なリソースと実際に集められるリソース。その時に求められる組織の一体感と現実としての組織の不協和音、というように。
そのような状況で心掛けるべきなのは、一貫性と柔軟性の両立だと感じます。ミッションやユーザ体験という高い次元では一貫性を保つことが望ましく、その実現手段や道のりに対しては柔軟に構えておくようなことです。そして、短期的に解決できることと、長期的に解決することを分けるようなことです。
サービスを運営する人であれば誰もが直面するジレンマの答えは、意外性のあるものではなく、当たり前に見える基本に存在するのだと思います。ユーザ体験を優れたものにするような基本的なことにより、理念と成果がいつか手を結びます。
どのようなサービスも直面するだろうジレンマを、本書はシストロムの視点で鮮明に描いています。もしかしたら、ザッカーバーグの視点で同様の事象を描いた本があれば、まったく違うジレンマを感じさせるものかもしれません。
人がうらやむような大成功を収めたインスタグラムにもフェイスブックにも、解きほぐすことが難しい悩みが存在しているのです。本書を通読すれば、質の高い経営の疑似体験の機会となるでしょう。