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社会

クマの糞を291個拾った学生を、研究の道に導いた“卒論提出3ヶ月前の悲劇”

小池伸介(ツキノワグマ研究者)

2023年10月30日 公開 2023年11月16日 更新

 

ウンコの拾いすぎがあだになる

種子散布
糞分析のために作ったタネの標本(写真提供・著者)

本人の思惑をよそに勝手にテーマを変えられてしまった卒論。とにかくデータ分析をやり直さねばいけない。つまり、集めたウンコに入っていた22種類のタネを数え直すのだ。

幸か不幸かウンコを洗って出てきた植物のタネは、アルコールに漬けて保存してあった。ひとまずこれを数えるとするか......。

ところで、数えるべき植物の種子とはどういう形をしているかご存じだろうか。まず、ヤマザクラの種子というのは、サクランボのタネのようなものである。これはまだいい。問題は、キイチゴやサルナシである。

ざっくりというとキイチゴはイチゴの野生種、サルナシはキウイフルーツの野生種である。そのタネは? イチゴの周りについているプツプツした白い粒、キウイフルーツの中に入っているプツプツした黒い粒がそれである。あれを1粒ずつ数えるのだ。サルナシを食べたウンコなら1つあたり1万粒ほど入っている。

アルコールに漬けているので、リキュールのような香りがする。嗅いでいるうちに気分が悪くなる。そしてアルコールが飛ぶと、乾いたタネは鼻息レベルの風で飛んでいってしまう。だからアルコールが飛ぶ前に10個ずつなどの塊にしなければいけない。時間との闘いだ。

その作業を、研究室のメンバーが帰ったあとにトレイにタネをあけて、夜な夜なやった。夜に細かい粒を見つめるので目も疲れてくる。酒でも飲まなければやってられん! と、冗談抜きに思ったから、本当に飲みながら数えた。

ここへきて、ウンコを張り切って拾いまくったことを心から後悔した。あんなに拾わなきゃこんな苦労しなくてよかったのに。結果としてウンコを集めすぎたのがあだになるとは夢にも思わなかった。

 

就活失敗で進路も崖っぷちに

こうしてもはやヤケクソの気分で夜な夜な地道にカウントをひたすら行い、ようやく終わったのが12月。これだけ苦労しても卒論の中では「このタネが〇個」という表が1つ増えるだけなのだ。

ほかの同期からはもう卒論を書きあげたという声が聞こえ始める。なのに、自分はここからがスタートラインなのだ.......。

しかしやらなければいけない。実はこのころ、私の進路は崖っぷちであった。目指していた高校教師の道が閉ざされてしまったのだ。教員不足の今では想像できないが、当時は就職氷河期真っ只中。公立の教員採用試験の倍率は非常に高く、狭き門だったのである。

私立に行くにしても男だらけの学校は嫌だった。しかし、新卒の男性教員を女子校はまず採用しないし、共学は倍率がなかなかエグい。結局私は就活に失敗してしまった。

しかも、夏に実施された農工大の大学院の入試、すなわち院試にも落ちてしまっていた。院試は翌年2月にもう1回チャンスがあるものの、ここで落ちたら新卒の無職になってしまう。

 

「お前は絶対打ち上げに来るな!」と叱られる

どうにかこうにか卒論をまとめ、卒論の発表会を迎えた。その翌日が院試である。卒論の発表が終わってお祭りモードの同級生たちが打ち上げに向かう。しかし私は参加できない。

「お前は絶対に来るな! 院試落ちたらどうするつもりだ」とこっぴどく叱られていたのであった。今日はこれから勉強をしなければいけない。あの悲しさを今も忘れられない。

結局なんとかその2月の試験に合格し、修士課程への進学が決まった。しかし、そのころ私の周りには博士課程に進む人はいなかっため、就職するまでの腰かけぐらいのつもりしかなかった。次の2年間を適当にやり過ごすことしか頭になかったのである。

英語は嫌い。研究にも熱心ではなく、いかに楽をするかしか考えていない。そんな不真面目な学生だったあのころの私を知る人たちはみんな、私がクマの研究者になり、母校の教授として学生たちの指導をする立場にあると知って驚き呆れる。

まあ、それも当然だろう。

人生本当に何があるかわからない。

 

著者紹介

小池伸介(こいけ・しんすけ)

ツキノワグマ研究者/東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授

名古屋市生まれ。東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授。博士(農学)。ツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究。著書に「わたしのクマ研究」など。

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