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仕事でミスをしてしまった...失敗で落ち込んだ心の立て直し方

ジョン・キム(作家)

2026年05月20日 公開

仕事でミスをしてしまった...失敗で落ち込んだ心の立て直し方

仕事でミスをしてしまったり、努力が報われなかったり...ネガティブ思考に陥ってしまったときに、思い出したい考え方とは? 書籍『媚びない人生』より紹介します。

※本稿は、ジョン・キム著『媚びない人生』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

起きてしまったミスは、肯定的に捉える

会社に入って早々、遅刻をしてしまった。先輩に言われていたことを、失念してしまった。取引先に対しておかしな対応をしてしまった......。社会人になって、自分のしでかしたミスにショックを受けた人も少なくないかもしれない。

しかし、ミスは誰でも起こす可能性があるもの、と考えるべきだ。もちろん起きてほしくはないが、起きてしまうミスもある。むしろ大事なことは、ミスを起こした後の対応である。

例えば、遅刻をしてしまった。理由は様々にあるかもしれないが、起きてしまったことや、それに対して上司や先輩が持った感情を変えることはできない。それは、コントロールできないのである。

だからこそ、自分がコントロールできる部分について、さてこれから何ができるか、と切り替えられるようにならないといけない。そうでなければ自分自身だけでなく、周りにもさらに迷惑をかけてしまうのだ。もちろんミスは反省するが、問われるのは、そこからの未来志向のアクションなのである。

私であれば、こう考える。ミスしなければ、学べないことがある、と捉えるのだ。ミスをして叱られたり、周りから白い目で見られたりすると、人間というのはとても危機感が高まるものである。感覚も鋭くなり、ミスをした自分をそこで改めて確認できる。

ある意味では、逆にミスをして恥ずかしい思いをして、叱られてよかったと思う自分にしていくには、どうすればいいのか、と発想を切り替えるのである。そういう意識を持つと、ミスをしても、ある意味喜べてしまう。それを次につなげられる人間になれるからである。

ミスを悔やんだり、くよくよしていても仕方がない。問われるのは、それを自己成長にどう生かしていくか、なのだ。

 

すぐに結果が出ることなど、大した挑戦ではない

じわじわと時間をかけてネガティブな感情に襲われることもある。しかも、それがなかなか晴れてくれない。例えば、一生懸命、努力しているのに、なかなか結果が出ないようなときがそうである。

若いときには、そういうことも多いが、行動と結果にはタイムラグが必ず存在する、ということを思い出してほしい。とりわけ大きな挑戦にこそ、タイムラグはある。実のところ、今日努力して明日結果が出る、などという挑戦は、大した挑戦ではないのだ。

実は後から考えてみると、懸命な努力が結果を出す、まさに目の前に来ていたときでも、挑んでいる最中は、永遠に真っ暗なトンネルが続いている気がしているものである。これは、多くの偉人たちが、やはり自伝で語っていることでもある。

もし、一生懸命に努力しているのに結果が出ないと感じたときは、今こそ踏ん張るときだと思うことだ。もうギリギリのところまで来ているということを、自分に言い聞かせながらやっていくことである。

そして、努力してもなかなか結果が出ないときほど、努力すればするほど、最終的に得る結果は大きくなると信じることである。それがわかれば、努力し続けることで結果が出ないことは、喜ぶべきものであり、不安になったり、挫折感を覚えたりするものではないことにも気づけるのである。

 

決意に基づいた選択は、常に正しい

何かの選択を迫られたとき、大いなる悩みを持つのは若い時代である。経験も少ない。知識も少ない。そんな中で、自ら選択をしなければならない。

こういうとき、誰かの知見にすがる、という考え方の人もいる。しかし、私はそれは勧めないし、自分自身もしてこなかった。大切な選択は自分で決めることである。たとえ、それがネガティブな結果に終わっても、である。そうでなければ、いつまで経っても自分で何も決められない。経験を積むこともできない。成長も成熟も、おぼつかないのである。

私自身は、自分の人生の中で考えたときに、何が本当に正しい選択なのか、20代後半にはっきりと気づくことができた。それは、その選択が生み出す結果に対して責任を負う決意に基づくのであれば、その選択はその時点で常に正しい、ということである。

自分の外にあるものを自分の中に内在化していく際には、必ず自分でそのプロセスを吟味し、納得した上で消化することが必要だ。その検証プロセスなしに受け入れることによって発生するすべての物事の結果については、自分がすべて責任を負う必要がある。受動的に受け入れることが、結果に対する責任回避の言い訳にはならないのだ。

選択の結果に対する全責任を自分で負うという決意が伴わない選択は、常に不完全で、正しいとは言えない。「自己の感情」「思考」「言葉」「行動」に対するすべての権利も義務も自分にあると考えよう。

安易に周りに合わせたりしない、時にはみんなを敵に回すことになっても、自分が正しいと思うこと、心から信じていることを考え、行動することだ。その思考や言動の結果は、明日の成長した成熟した自分を創り上げるための学習材料と捉えることである。

もとより結果というのは、自己完結的なものではない。それは自分の選択や行動が、自分ではどうしようもできない無数の外部要素と組み合わされたものである。よって、結果を完全に統制することはできない。しかし、結果から学び、次なる自己成長につなげることはできる。たとえ、それが周りから失敗といわれるものであったとしても。

短期的な失敗は、実は長期的な成功のための土台、ステップになるのだ。

選択する瞬間においては、はっきりと割り切る気持ちを持つためにも、さらには迷いを一切なくすためにも、その選択によってもたらされる結果に対しては、誰かではなく自身が全責任を取ることを意識することである。

こうした選択は、実はとても心地よい、楽しいものになる。結果は、楽しみに待てばいいのである。

 

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