AIは小説を書けるのか...出版業界70年・櫻井秀勲が実験して得た“意外な結論”
2025年07月10日 公開 2025年07月10日 更新
AIやSNSが発展し、作家を取り巻く環境は大きく変化しています。累計900万部の著書を誇るベストセラー作家・本田健さんと、94歳(2025年3月時点)でなお現役を貫く出版界の"生きる伝説"、櫻井秀勲さんは共著『作家という生き方』にて「作家として生きること」の魅力と可能性を語ります。
本稿では同書より、デジタル時代をリードする作家に求められる能力や発想について対談した一節を紹介します。
※本稿は、本田健,櫻井秀勲 共著『作家という生き方』(きずな出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです
作家という職業は大きな変革期に
【櫻井】デジタル時代は作家にとってまさに変革の時代です。AIやSNSという新たなツールは、作家が読者とつながる方法を大きく変え、可能性を広げています。私のような昭和の編集者にとっては驚きの連続ですし、94歳になる私でも日々新しい発見があります。ただ、この変化のスピードには、正直なところついていけない部分も感じています。
本田さんは、これまでAIやSNSを積極的に活用し、多くの読者と深くつながり続けていらっしゃいますよね。その経験を踏まえて、デジタル時代をリードする作家の条件とは何なのか、ぜひ教えていただきたいと思います。
【本田】SNSとAIの進化のために、作家という職業は、大きな変革期を迎えています。これまで作家の主な活動は書籍の出版が中心でしたが、現在では電子書籍、NFTだけでなく、新しい可能性がいっぱい出てきました。
このような変化の中で、作家は「ただ文章を書くだけの人」から「新しい価値を生み出すクリエイター」へと進化することが求められています。変化しなければ、本とともに、オワコンになってしまうでしょう。
【櫻井】いつの時代も、時代の変化についていけなければ、作家は生きてはいけないのです。昭和を振り返れば、戦後と戦前では、それまでの生活、教育、価値観、考え方は大きく変わりました。いえ、大きくどころか、まったく変わってしまったといっていいでしょう。
私は昭和6(1931)年に生まれました。大学を出て、光文社に就職したのが、昭和28(1953)年。光文社では、初めて大卒の社員が、私を含めて3人、入社して、大きな期待を持って迎えられました。それまでの出版には言論の自由などないに等しいもので、戦前は国、日本軍の規制、戦後はGHQの管理下のもと制限されていたということがありました。
それがようやく自由になり始めたのが、私が就職した頃だったのです。その意味で私は、ラッキーな世代でした。
その後の高度成長期、バブル時代、そして不況......そういう変化の中で、売れる本も変わっていきます。印刷の仕方だって変わりました。普遍のテーマというものはありますが、ずっと同じでは、やっていけない。本田さんのいう通り、オワコンとして消えてしまうしかないわけです。
【本田】意識の変化を考えたら、それこそ私が作家デビューした20年前を振り返っても、大きく変わっています。当時はまだ、ようやくケータイ電話が普及したところで、スマホなどなかったのですから。いまの生成AIなど、想像もできなかったと思いますが、いまでは、「ついていけない」といってはいられないほど、すごい勢いで、それらは進化しています。
AIツールは、作家の創作プロセスにも大きな影響を与えています。たとえば、ChatGPTのような生成AIを使えば、プロット作成やキャラクター設定、文章の校正、さらにはアイデアの拡張が短時間のうちにできてしまいます。
ある作家は、AIを活用して物語の骨格を生成させ、それに独自の視点を加えることで新しい執筆スタイルを確立しました。
このようなツールを使うことで、執筆効率が向上するだけでなく、発想の幅を広げることができます。ただし、AIはあくまでも補助的な存在です。作品の本質を形づくるのは、作家自身の感性と個性です。逆に、AIでつくった小説以上の本を書かないと、あっという間に埋もれてしまうでしょう。
【櫻井】AIを使えば、小説も書けてしまう。じつは今、まさにその実験を私はしているのですが、AIでつくった小説は面白いのか、「小説」というレベルのものができるのか、というところを見るのが、その実験の目的です。
【本田】それは面白いですね。でもAIで本格的な小説が書けるようになるまでには、まだまだというところではないでしょうか。
【櫻井】そうですね。いまの段階では、おそらく、それらしいものはできるのではないかと思います。いまの時点では、「それらしいもの」というのが、AIの限界でしょう。
これからの作家は、それ以上のものをつくっていかなければなりませんが、だからといって、「人間 VS生成AI」で戦う必要はないわけです。本田さんがいわれる通り、あくまでも補助ツールとして使う、AIと共に創作していこうと考えたら、これまでとは違った作品、自分だけではできなかった作品、世界も創造していけるでしょう。
デジタル時代をリードする作家の条件
【本田】また、「NFT(非代替性トークン)」は、デジタル作品の収益化において新たな道を開いています。短編小説や未公開原稿をNFTとして販売することで、作品の希少性を高めながら新しい収益モデルを構築することが可能です。
実際に、短編作品をNFT化して販売した作家の事例では、熱心なファンにとってその作品が特別な所有体験となり、作家自身には直接的な収益と継続的なロイヤリティがもたらされました。このようなモデルは、従来の出版形態を補完する新たな可能性を秘めていますが、これも適当な作品を作っている作家には、真似をすることができません。
【櫻井】前で色川武大(阿佐田哲也)のことをお話ししましたが、彼は、1989(平成元)年、心筋梗塞を起こして、あっという間、60歳になったばかりで亡くなりました。その直前、たまたま会って、久しぶりだからとコーヒーを飲みました。
色川さんは、私より2歳上でしたが、編集者になったのが同じ年だったので、会えば同級の仲間のような感覚で、たちまち編集者時代に戻ってしまうのです。
そのときも、「二人で雑誌をつくろう」と盛り上がりました。彼が言うには、「1冊1万円の雑誌にするんだよ。そこに俺がペラで500枚の小説を書いて載せる。その付録に、500枚の、その原稿を1枚ずつつけるんだ。500部限定の雑誌にするんだよ」
私も「それは面白い!やろうやろう」といって、「じゃあ、近いうちにまた会おう」と別れたのです。色川とはそれが最後になりましたが、生きていたら、彼のアイデアは実現できたでしょう。
いま、なぜこんな話をするかといえば、色川がやろうとしていたことは、「いまのNFTだった」と思ったからです。ちなみに、「ペラ」というのは、200字詰めの原稿用紙のことです。いまから40年近く前の時代にも、こんなことを考えていた作家がいたのです。
【本田】色川先生のアイデアは、40年前のものとは思えないですね。でも考えてみると、ツールができたからアイデアが生まれるのではなく、アイデア─やりたいことがあって、ツールができていくんですね。昔なら難しかったことが、いまなら簡単にできるようになる。それこそ、この時代の作家であることに感謝です。
作家として成功できると、一つの物語を複数のメディアで展開する「クロスメディア戦略」も可能です。小説を映画やドラマ、ゲーム、さらには「VR(仮想現実)」コンテンツとして展開することで、何度も印税をもらえます。
小説が映画化されたことで、新しいファンを獲得し、書籍の売上も飛躍的に向上した事例があります。このような多角的な展開は、作家のブランド価値を高め、物語の可能性を広げる効果があります。
デジタル時代をリードする作家には、圧倒的なコンテンツ力が求められます。作家が持つ個性や感性がこれまで以上に重要になっていくでしょう。AIやSNSを活用することで新たな扉を開きながら、自分だけの価値を読者に届ける。それが、これからの時代をリードする作家の条件といえるのではないでしょうか。







