混ざりあわなかった赤と青 描くことに“目的地”はあるのか(連載「描き屑の瞬き」第1話)
2026年05月08日 公開 2026年05月08日 更新
アルコールインクアートは、インクと無水エタノールを紙に垂らし、ドライヤーなどの風や紙の傾きでインクを広げていく抽象的なアートです。
画家のいのうえまりこさんは、アルコールインクを主な画材に、自分の内側にあるものと向き合いながら作品を描いています。
本連載「描き屑の瞬き(かきくずのまたたき)」では、いのうえさんがその時々に抱いたあれこれを、絵とエッセイで綴ります。描くことで、言葉にならないものがすくい上げられることがある。その表現に触れて、あなた自身の何かと重なったり、ふっと心が軽くなる時間になれば幸いです。
描くことと生きることのあいだ

答えの出ない問いをよく考えている。
言葉にしようとするとうまくまとまらなくて、
まとめた瞬間に真意はペラペラになりそうで。
どこかで誰かが言っているであろう、ありふれた言葉になってしまいそう。
この連載の話をいただいたときも、とてもとても嬉しかった。ずっとやってみたかったことのひとつだった。
なのにやっぱり筆は進まない。
やってみたいという欲求と、
やりたくないという怖さが、同時にいる。
絵を描くときもそう。
描きたいと、描きたくないが、いつも隣にいる。
絵具を紙の上に落とす。
にじんでは広がる。
また新しい色を、ぽたぽたと、落とす。
その繰り返し。
きれいだと思う瞬間と、
うまくいってないと思う瞬間が、同時にある。
アルコールインクをメイン画材として、普段私は絵を描いている。
もともと会社員として働いていたけれど、コロナ禍で時間ができたことをきっかけに、挫折していた絵をもう一度描き始めた。
インクを紙の上に垂らし風を当てると、色はにじみ、思いがけない方向へ広がっていく。
どこに流れるのか、どんな形になるのか。
そのときになってみないとわからない。
その"わからなさ"が好きだった。
決めなくてよかった。
ただ色は広がっていった。
ときどきアート体験の場を開いている。
そこで出会う作品は、どれも美しくて本当に感動する。そのままの自由な絵で、誰一人欠くことなく、全て完璧だと思っている。
けれど、この連載にあたり編集の方と対談をしながら絵を描くなかで、
自分の活動について話をしていたそのとき、
ぽろっと言葉が落ちた。
「数年続けているけれど、私、別にうまくなってはいないよね」
誰かにかけていた言葉とは違う声だった。
そのとき描いていた絵は、赤と青が混ざらないまま、紙の上に置かれていた。

かつて絵を学んでいたころ、作品に75点とつけられた記憶がある。
悪くもなければ、特別でもない。
曖昧な数字をみたその瞬間が、今でも映像として脳内に焼きついている。
うまいか下手か。届いているか、足りないか。
気づくと、どこかにたどり着くために描いている自分がいた。
描く行為は、かつての私にとっては道しるべで、ただ歩いていられればそれでよかったのに。
赤と青は、混ざらなかった。
隔たりがあることは、最初よくないものにも見えた。
対極にある感情が、まとまらないまま自分の中に放置されているようだった。
けれど。
それを改めて眺めたとき、色たちは、ただそこに在るだけだった。
境界は争っているようには見えなかった。
どちらも自分の色をやめていない。
それが美しいと、その時の私は思った。

対談の最後に、編集の方がこんな話をしてくれた。
昔、水面を探しに海や沼へと行ったことがある、と。
紙の上で色がにじんでは移ろいゆく様子が、それに少し似ていたのだという。
ずっと見ていられる時間だった、と。
水面の表情に同じ瞬間はなく、本当は、刻一刻と変わっていて。
同じように見えても、少しずつ違っていて。
縛られていると思っていた考えも、ふと、ほどけていくかもしれない。
変わらないと思っていた波間に、
ふと、自分だけの光がきらりと見えることがあるかもしれない。
でも、その光は次の瞬間にはもう消えているかもしれない。
広がっては消えていく波紋。
重なり続ける揺らぎ。
ただそれを眺めている時間。
答えを持たないまま、キラキラと揺れている。
その景色たちを、ここにそっと置いていこうと思う。

これからここで描くもの、
紡いでいく言葉が、
そんな時間になっていけばと思う。

今回使用した画材:アルコールインク







