会話のなかで「ヤバい」や「すごい」をつい多用していませんか。これらの言葉は万能である一方、物事をとらえるための思考は徐々に浅くなってしまいます。
かつては「ヤバい」を多用していたと振り返る起業家の川岸宏司さんは、著書『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』にて「ヤバい」に束ねられた感情をひもとく2つの武器を紹介しています。
※本稿は、川岸宏司著『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
「ヤバい」「すごい」が出た瞬間こそチャンス
「このラーメン、マジでヤバい」「あの映画、すごかったよね」「推しが尊すぎてヤバい」。私たちは日常的に、この便利な言葉たちに救われています。
「ヤバい」や「すごい」は、いわば会話における「万能調味料」です。美味しくても、不味くても、驚いても、引いても、とりあえずこれを掛けておけば会話という料理は成立してしまう。だからこそ、脳はこのコストのかからない言葉が大好き。そして、人の思考は徐々にゆっくりと浅くなっていく。
ただし、最初に補足しておきたいのですが、私はこの言葉を日常から完全に排除すべきだ、と言っているわけではありません。むしろ、「ヤバい」は人間関係を育むための「必要悪」でもあります。説明を尽くした論理的で丁寧な言葉は間違いなく伝わりますが、どこか他人行儀です。一方で、「これヤバいね!」「わかる、ヤバい!」といった直情的で文脈に依存した言葉は、お互いの感情をダイレクトに繋ぐ、素直で強力な接着剤になります。
ただし、ここには笑えない落とし穴があるからこそ、伝えたいことがあります。
「ヤバい」しか言えない人の周りには、得てして「何がヤバいのか気づかない人」しか集まりません。互いに「ヤバいね」とうなずき合うだけで、その「ヤバい状況」の本質には誰も気づけず、問題は永久に解消されない......という地獄のようなループが生まれます(笑)。
居酒屋で友人と盛り上がる分には、そのループは心底楽しい。ですが、ビジネスや人生の重要な局面でそれをやってしまうと、あなたは「思考を省略してしまった人」と認定され、結果としてあなた自身が周囲から「ヤバい人」扱いとなります。
重要なのはTPOに合わせて「言葉の解像度」をスイッチできるかではないでしょうか。友人と笑い合うときは「ヤバい」という接着剤を使い、思考を深めるときは解像度を上げてメスを入れる。
言語化力を鍛えたいと願うなら、まずは無意識に口をついて出る万能調味料の使用を「禁止」してください。つまり、「ヤバい」という言葉で思考を完結させることを禁止する、という意味です。
そのとき、脳内で何が起きているか
正直に告白すると、私自身が「ヤバい」という言葉に脳を汚染されていた人間でした。感動しても「ヤバい」を使い、困っても「ヤバい」と伝える。語彙の貧しさは、思考の貧しさそのものです。
だからこそ、なぜ自分がこれほどまでに思考停止してしまうのか、自分の脳内を徹底的に解剖すると、私の脳内では、次の3ステップで思考が停止していました。
ステップ1:心が動く
美味しい、美しい、恐ろしい、感動、驚き......。外界からの刺激を受け、たしかに私の心は動いています。ここまでは正常。
ステップ2:脳が処理をサボる
ここで脳の悪癖が出ます。「分析するのがめんどくさい」と判断し、詳細な処理をすっ飛ばして、手元にある一番手軽な「スタンプ」を押しにかかります。
ステップ3:出力
「ヤバい」「すごい」。結果として、口から出るのは手垢のついた言葉だけ。これでは何も伝わらないし、誰とも差別化できない。最悪の場合、自分が本当は何を感じたのか、その感情すら忘れてしまいます。
ここまで聞くと絶望的に感じるかもしれません。ですが、「ヤバい」と言いたくなった瞬間は、実はチャンスだと思っています。それは、脳内で「まだ言語化されていないレアな感情」が見つかった合図だから。思考停止ワードが出たということは、裏を返せば「既存の言葉では処理しきれないほど心が大きく動いた」という証拠。そこには必ず、あなただけの言葉のタネが埋まっています。
では、どうやってそのタネを掘り起こすのか。「ヤバい」という圧縮された感情を解凍するための、2つの武器をお渡しします。
武器①:「ヤバい」を分解する4つのレンズ
私がイメージしつつ実践しているのは、カメラのレンズをカチャカチャと切り替える作業です。「どの部分」が「どう」ヤバいのか? これらを自問するためのレンズは、経験上4つしかありません。わかりやすく、先ほどの「ヤバいラーメン」を例に、1つの対象を4つのレンズでたとえてみます。
レンズ①:期待とのズレを見る
レンズを通すなら、まずは、真っ先に「何が想像と違ったのか?」を脳に聞いてください。人間が感動するのは、予想通りだったときではなく、いい意味で予想を裏切られたときだけだからです。
(脳内の言語化)「店構えは油でギトギトの床、頑固そうな店主。どう見てもこってりした男飯が出てきそうなのに、出てきたスープが透き通るように繊細で、料亭のお吸い物みたいだった。このギャップがヤバい」→「意外性」に言葉のタネがある。
レンズ②:細部のこだわりを見る
次にズームレンズを使います。「具体的にどこのパーツが効いているのか?」と問うイメージです。なぜなら必ず心を撃ち抜いた「特定のパーツ」があるはずだからです。
(脳内の言語化)「スープもすごいけど、よく見るとチャーシューが違う。煮豚じゃなくて、低温調理されたローストポーク。しかも、スープの熱で火が通りすぎないように、丼の縁に避難させて盛り付けられている。この配慮がヤバい」→「構成要素」に言葉のタネがある。
レンズ③:変化の度合いを見る
今度は時間軸のレンズです。「BeforeとAfterで何が変わったのか?」を見てください。
(脳内の言語化)「半年前にも来たけど、あのときはもっと麺が太かった気がする。スープの繊細さを際立たせるために、あえて麺を細く、しなやかなものに変えたんだ。現状維持を選ばない進化がヤバい」→「成長幅」に言葉のタネがある。
レンズ④:背景や文脈を見る
そして、最後は広角レンズ。「なぜ今のタイミングでこれなのか?」を俯瞰して問います。目の前の現象だけでなく、その背後にある「意図」や「時代の流れ」を読み解く視点です。
(脳内の言語化)「このエリアは最近、若者向けの『二郎系』や『家系』の出店ラッシュで飽和している。そんな中で、あえてターゲットを少し上の世代にずらした『淡麗系』で勝負に出た戦略がヤバい」→「背景・意図」に言葉のタネがある。
「ヤバい!」と思ったら、すぐにこの4つのレンズのどれかに当てはめてみてください。「あっ、私はこの店の『戦略』に反応したんだ」と気づくだけで、言葉は一気に具体的になります。
武器②:感情の解凍語彙マップ

4つのレンズを使っても、まだ言葉が出てこないこともあります。というより、そんなことばかりだと思いますので、自分の感情を「逆探知」する必殺技も添えておきます。
ゼロから言葉をひねり出すのは難しいですが、並べられた言葉から「選ぶ」ことなら脳は抵抗なくできます。上図は、私がいつも脳内に貼っている「感情の解凍語彙マップ」です。「あっ、これに近いかも」というタグを選ぶことで、思考を強制的に起動させます。
使い方は簡単です。「このデザイン、ヤバい!」と思ったら、「この表があったな」と思い出してみてください。「『緻密』かな? いや、もっと目に焼き付く感じだから『鮮烈』に近いかも」。そうやって選ぶ過程で、あなたの感情の輪郭は驚くほどはっきりしてくるはず。
人は言葉の中でしか思考を深めることはできません。だからこそ、言葉を見ることで逆探知し、思考を深めることができると思っています。
思考停止ワードを飲み込んで、レンズを当て、タグを選ぶ。まずはここから始めてみてください。
痛みや違和感こそ、「宝の山」
「承知いたしました。精一杯やらせていただきます」
あなたは上司の目を見て、爽やかな笑顔でそう答えます。脳内では「ここで仕事を引き受ければ評価が上がる」「断る理由もない」と、完璧な計算が弾き出されているはず。
しかし、その言葉を口にした瞬間、ズン、と胃が重くなる感覚がありませんか?あるいは、喉の奥がキュッと締まり、呼吸が浅くなるような感覚。口は笑い、脳は納得しているのに、なぜか内臓だけが強烈に拒絶している。
このとき、正しいのは言葉と身体のどちらでしょうか?言うまでもなく、正しいのは「身体」です。
前項で、脳は平気でサボり、嘘をつくとお伝えしました。対して、身体は決して嘘をつきません。驚くほど素直で、無垢で、脳が論理で言葉を繕うよりも早く、身体は本音を検知し、痛みや違和感としてアラートを鳴らしてくれます。
多くの人は、このアラートを「体調不良」や「気のせい」だと無視してしまいます。一方で、言語化が得意な人は、この痛みを「宝の山」だと捉えているケースが多い。なぜなら、そのズキズキする痛みの中にこそ、今の状況を正しく認識するための「2つの言語化のタネ」が埋まっているからです。



