言語化が苦手なのは語彙力が足りないからなのでしょうか。起業家の川岸宏司さんは、年間300冊以上の本を読んで語彙を増やしても言語化は得意にならなかったと振り返ります。
川岸さんは著書『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』にて、感じたことを上手く言葉にするには「観察の3段活用」が必要だと話します。その中身について同書よりご紹介していきます。
※本稿は、川岸宏司著『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
大事な気づきを腐らせてはいけない
思考力も観察力も言語化力も、すべて筋肉と同じです。使わなければ衰え、繰り返せば太くなる。そして重要なのは「正しい負荷」をかけること。
ここで登場するのが、私が最も伝えたいコンセプト、「思考のバネ」です。
バネは、圧縮されたときだけ力を発揮します。毎日同じ電車に乗り、同じ人と話し、同じ感想を抱く。この「同じ」の連続の中では、思考のバネは一切圧縮されません。つまり、言語化のエネルギーが生まれない。
バネを圧縮するものは何かと考えると、答えは「非日常」です。利き手と逆の手で歯を磨く。いつも降りない駅で降りる。絶対に読まないジャンルの本を開く。苦手な人をランチに誘う。こうした小さな非日常が、思考のバネにグッと圧力をかけます。脳はいつものショートカットが使えなくなり、否応なく「考える」ことを強いられるからです。
この不快な圧縮こそが、バネにエネルギーを蓄える唯一の方法です。そして十分に圧縮されたバネから手を離すと、言葉が勢いよく飛び出します。日常に浸かったままでは絶対に出てこなかった言葉が、非日常の圧力でポンと弾け出る。これが「思考のバネ」の正体です。
では、どうやって日常の中で思考のバネに圧力をかけるのか。その技術を、本稿では伝えていきます。
観察の3段活用
最初の訓練に入る前に、1つだけ告白させてください。私はずっと、「言語化がうまくいかないのは語彙が足りないから」と思っていました。だから本を読みました。年間300冊以上。語彙は増えました。でも、いざ自分の気持ちを伝えようとすると、やっぱり「えーと......なんて言えばいいんだろう」と固まる。
語彙が足りないから言語化できないのではなかったのか。なのに、語彙を増やしても言語化できない。この矛盾に何年も悩んで、ようやく気づいたことがあります。
問題は、「言葉を知らないこと」ではなく「見ていないこと」でした。正確に言い直します。見ているのに、観ていない。毎朝同じ電車に乗り、同じ景色を眺め、同じ人とすれ違い、同じ感想を抱いている。目には映っているけれど、脳はそれを「処理する価値なし」と判断して、自動的にスルーしている。この「見ているつもりで観ていない」状態が続く限り、どんなに語彙を増やしても、言語化の原料が手に入りません。
ここで、1つの公式を紹介します。
言語化力=ボキャブラリー×パターン×心が動いた数
語彙は、掛け算の1つの項にすぎません。「パターン」とは、物事の構造を見抜く力。なぜあの人の話は刺さるのか、なぜこの文章は読みやすいのか、その裏にある「型」を見つけ出す力です。「心が動いた数」とは、日常で「あっ、今、何か感じた」と足を止めた回数のこと。
この3つは掛け算ですから、どれか1つがゼロなら、答えはゼロ。語彙が10万語あっても、心が動いた数がゼロなら、言語化力はゼロです。
では、「パターン」と「心が動いた数」を同時に増やすには、どうすればいいのか。私はこれを、次のような「観察の3段活用」と呼んでいます。
第1段:知ろうとする(観察)
第2段:要素に分ける(分解)
3段:パターンを見つける(抽象化)
ここからは、この3段活用を「毎日使える道具」として磨いていきます。
まず、第1段の「知ろうとする」こと。これは、脳の自動運転モードを意識的に切ることです。人間の脳は省エネの天才で、一度覚えたパターンは自動処理に回します。通勤ルートを"考えなくても"歩けるのは、脳がオートパイロットに入っているからです。効率的ですが、この自動運転中には、観察は一切起きません。
スイッチを切る方法は、たった1つの問いです。「なぜ?」
今日のランチ、なぜその店を選んだ? あの企画書、なぜその順番で書いた? さっきの会議で、なぜあの一言にだけ心がザワついた?「なぜ?」を1回挟むだけで、脳は自動運転から手動運転に切り替わります。この切り替えの瞬間に、初めて「心が動く」準備が整います。
次に、第2段の「要素に分ける」こと。手動運転に切り替えたら、今度は漠然とした印象を「部品」にバラしていきます。たとえば、「あの人のプレゼン、なんかよかった」。この「なんか」を放置しないでください。何がよかったのか。声のトーンか、間の取り方か、スライドの構成か、それとも最後の30秒で個人的な失敗談を入れたところか。
ここで使う問いは3つです。
What:何が自分の心を動かしたのか
How:それはどんな構造で効いたのか
Why:なぜそれが自分に刺さったのか
この3つのフィルターを通すと、「なんかよかった」は「最後に自分の弱さを見せたから、聴衆の共感スイッチが入った」という、解像度の高い理解に変わります。
そして、第3段「パターンを見つける」こと。分解した部品を蓄積していくと、あるとき「あっ、これ前にも見たぞ」という瞬間が訪れます。
「心を動かすプレゼンには、必ず最後に個人的な物語が入っている」「自分がイラッとするときは、いつも自分の存在を軽く扱われたと感じたときだ」
こうした自分だけの法則が浮かび上がる。これが抽象化です。個別の出来事から枝葉を落として幹だけを取り出す作業です。パターンを1つ手に入れるたびに、あなたの言語化力には「再現性」が加わります。新しい状況に出くわしても、「あっ、これはあのパターンだ」と瞬時にフレームを当てはめることができるから、言葉が速い。言葉が正確。言葉が、人の心に届きます。
この3段活用の威力を、もう1つだけ具体的に示させてください。私は毎朝、Voicyで音声配信をしています。これまで800回以上続けてきました。最初の頃は、ネタ探しに苦労していました。ですが、この3段活用を習慣にしてから、ネタに困ることがなくなりました。
駅のホームで電車を待っている3分間に、目の前の人のカバンの持ち方が気になる(第1段:知ろうとする)。右肩にだけかけていて、身体が傾いている。自分も同じだなと気づく(第2段:要素に分ける)。「人は無意識に、利き手側に偏る。思考も同じで、得意な型ばかりに頼ると、発想が傾く」(第3段:パターンを見つける)。これで、翌朝の配信ネタが1本できあがります。
たった3分です。特別な場所にも、特別な体験にも、頼っていません。逆に、観察さえあれば、語彙はあとからついてきます。心が動き、部品に分かれ、パターンが見えたとき、それを表現する言葉は自然と探しに行くようになるからです。
まずは今日、1つだけ試してみてください。帰り道、イヤホンを外して歩く。半径5メートルの世界を「観る」こと。心が少しでも動いたら、スマホに1行だけメモする。書くのは「何に気づいたか」ではなく、「なぜ自分はそれに気づいたのか」です。その1行が、あなたの「観察の3段活用」の第一歩です。
いつもの景色を入れ替える
前項で、「観察の3段活用」という道具を手に入れました。ただし、この道具には弱点が1つあります。それは、毎日同じ場所で同じ景色を観ていると、見つかるパターンが頭打ちになること。パターンの在庫を増やすには、景色そのものを入れ替える必要があります。つまり、「非日常」を自分に注入すること。
人は、放っておくと同じパターンに回帰します。昨日と同じ朝食、同じ通勤路、同じ話し相手。快適ですが、快適の代償は「観察の停止」です。
思考のバネを圧縮するのは非日常。ただし、非日常にもレベルがあります。弱すぎればバネは動かず、強すぎれば壊れます。だから、圧力は段階的に上げていく。私は、揺さぶる対象で3段階に分けています。
初級:身体を揺さぶる
中級:価値観を揺さぶる
上級:自分自身を揺さぶる
初級の「身体を揺さぶる」は、コンフォートゾーンの境界線をほんの少しだけ踏むことです。利き手と逆の手で歯を磨く。知らない駅で降りる。通勤ルートを変えてみる。やることは些細ですが、脳にとっては大事件です。逆の手で箸を持つだけで前頭前野が活性化するという研究があるくらい、脳は身体の違和感に敏感にできています。この小さな不自由が、省エネモードを強制解除してくれます。
ここでの訓練は、その違和感を言葉にすること。「ぎこちない」で終わらせず、「力の加減がわからなくて歯茎に当たる角度が毎回ズレる」まで分解する。身体は、「観察の3段活用」の最も手軽な練習台です。
私自身、たまに朝起きて片足立ちでトレーニングをすることがあるのですが、あるとき左足だけ異様にぐらつくことに気づきました。利き足。利き手。利き脳。人は自分が思っている以上に、偏りに無自覚です。この「偏り」に気づけるのが、身体を揺さぶる最大の収穫です。
中級の「価値観を揺さぶる」は、「食わず嫌い」への突撃です。絶対に読まないジャンルの本を買う。苦手な人をランチに誘う。興味ゼロの勉強会に顔を出す。私たちは無意識に「自分はこういう人間だ」という枠をつくっています。これは「偏見」という名の思考のショートカットです。中級では、これを意図的に壊しに行きます。
私は以前、経営者仲間に勧められて、まったく興味のなかった哲学書を読みました。正直、最初の30ページは苦痛でしたが、読み進めるうちに、「この著者の問いの立て方は、ビジネスの課題設定とまったく同じ構造な気がする」と気づく瞬間がありました。食わず嫌いが崩れた音を、今でも覚えています。
大事なのは、偏見が崩れる瞬間を見逃さないこと。「意外と面白い」と感じたその一瞬が、新しいパターンの入り口です。その「意外」を、前項の3段活用で分解してみてください。
What:何に驚いたのか
How:その驚きはどんな構造で起きたのか
Why:なぜ自分はそれを食わず嫌いしていたのか
3つのフィルターを通すと、偏見の裏側に隠れていた価値観が浮かび上がります。
そして最後に、上級の「自分自身を揺さぶる」は、アイデンティティ・クライシスの意図的な発生です。自分と正反対の思想の本を読む。自分が絶対に正しいと思っていた信念に、自分で反論してみる。
初級・中級が日常の外側に出る訓練だったのに対し、上級は自分の内側を揺さぶります。これが最も不快で、最も言葉が生まれる段階です。なぜなら、信念が揺らぐとき、人は全力で言語化しようとするから。「自分は間違っていない、なぜなら......」と、脳が猛スピードで理由を探し始める。この「揺らぎの実況中継」こそが、言語化力を最も鍛える負荷です。
やり方はシンプル。「今、自分の中で何が起きているか」をリアルタイムで書き出すこと。反発、動揺、怒り、ときおり忍び込む「たしかに」という感覚。すべてメモしてください。
思い返してみると、私も、ある信念を揺さぶられたことがあります。ずっと「本は紙で読むべきだ」と思っていたのですが、電子書籍の利点を徹底的に論じられて、自分の反論を必死に言語化しようとしました。そのとき気づいたのは、私が紙の書籍に固執していた理由は合理性ではなく、本棚に背表紙が並ぶ風景への愛着だったということです。信念が揺らいだからこそ、その裏にあった感情に初めて言葉が届きました。
3段階に共通するルールは1つ。「やったこと」ではなく「感じたこと」を記録することです。「左手で歯を磨いた」は日記。「左手で歯を磨いたら、自分の手なのに他人の手みたいで怖かった」は観察記録。言語化を鍛えるのは、後者だけです。
まずは今日から1つ、いつもの反対をやってみてください。そして、不自由の中で生まれた感情をスマホに1行だけ書き残してください。初級に慣れたら中級へ。中級で手応えを感じたら上級へ。段階を上げるたびに、思考のバネはより深く圧縮され、より強い言葉が飛び出すようになります。
非日常は、探しに行くものではなく、つくるものです。







