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プロ弁護士が見た「頭のいい人の話し方」とは

木山泰嗣(弁護士/税法研究者)

2013年12月20日 公開 2024年12月16日 更新

《『プロ弁護士の武器と盾になる話し方』より》

 わたし自身、もともと高校時代まで「自己紹介」すら、まともにできなかった人間です。大学時代も先生に質問することですら、おそれおおくてまったくできませんでした。ましてや人と議論をして打ち負かす、そんなことなどおよそできない、臆病で話下手な人間でした。

 そんなわたしでも、弁護士としての仕事をこなしています。それは大人になってから話し方のコッを身に付けたからです。

 口下手だったので、わたしは徹底してまわりの人の話し方を観察し、分析し、実践をしてきました。その集大成が本書『プロ弁護士の武器と盾になる話し方』です。

 

<説得>
 頭のいい人は、選択の自由を与えつつ、専門的な意見を言う

 あるラーメン店に入ったときのことです。よく立ち寄るお店なのですが、あるとき、初めて入ったと思われる40代くらいの女性が店員に「おすすめはなんですか?」と聞いているのが耳に入ってきました。

 そのお店はチェーン店もたくさんあり、おすすめというか、明らかに売りのラーメンがあるので、それを答えるのだろうとわたしは思っていました。そうしたら、新入りでまだ慣れていなかったのか、20代前半くらいの若い店員は、こう答えました。

 「それは一概には言えませんね」

 味には好みもあるでしょう。もちろん人それぞれです。どのラーメンが好きかは、お客さんによって違います。一概には言えない、というのはまったくそのとおりです。

 でもそれは、おそらく質問したお客さんが求めていた答えではありませんでした。

 そのお客さんは、店員さんからおすすめのラーメンを教えてもらったら、それを頼もうと思っていたようだからです。それでお客さんは、一瞬「……」となりました。

 店員さんはそれ以上答えることもなく、無言でお客さんの注文を待つだけ。

 しばらく沈黙があったあと、「じゃあ、○○にします」という注文がありました。

 「じゃあ」という口調が、もうなげやりです。「じゃあ、塩ラーメンでいいよ」、という。

 ここで大事なことは、こうです。初めて入るラーメン店、初めて入る飲食店、初めて受けるサービス、このような場合、お客さんは「なにがいいのか、わからない」という状態です。自分で意思決定をすることができない。それで、詳しいそのお店の人に「おすすめ」を聞き、それに委ねたいと思っている、ということなのです。

 もちろん、そうでない人もいるでしょう。そういう人は自分できちんと調べて、自分の意思で選択をします。それはそれでよいのです。

 弁護士が依頼者から相談を受けたときには、必ず「いまできる選択肢」を説明します。そのうえで、それぞれの選択肢にはどのようなメリットがあり、どのようなデメリットがあるのかを伝えます。手段により実効性や可能性も違えば、費用も異なるからです。

 最終的には「依頼者の判断」に委ねます。しかし、複数の選択肢がある場合、他の選択肢があることを伝えずに決断を迫ってしまうのは問題です。あとでトラブルになることがあるからです。

 「あのとき、こう言ってくれればよかったじゃないですか」

 「そういう選択肢は聞いていませんでした。なぜ教えてくれなかったのですか」

 このようなトラブルは、とくにどの制度を使うかで税額に明らかな差がでてくる、税理士さんと依頼者との間でよく起きます。

 裁判になった例も多いのですが、裁判所は、税理士が依頼者に対して、複数の選択肢をきちんと伝えていなかった場合、「説明義務」を果たしていないとして、税理士に注意義務違反(説明義務違反)を認める傾向にあります。

 このような選択肢の説明義務は、ラーメン店の場合は、すでにお客さんがみることができる「メニュー」に示されています。値段も書かれているわけです。どんなメニューがあって、それぞれいくらなのかという説明は、「メニュー」で尽くされています。税理士や弁護士のように、目にみえないサービスを行う場合とは、この点が違います。

 すでに選択肢の説明は「メニュー」でされている。そのうえで、でも「どれがいいのかわからない」「どれが美味しいのかわからない」「どれがこのお店の売りなのかわからない」という状況が起きてしまいます。初めて入ったお店だからです。

 食べ物は頼んでしまえば、口に合わなくても注文し直すということはまずありません。口に合わなくてもあきらめて食べてしまうものだからです。そこで「はずれを引かないようにするには、お店の人にそのお店のおすすめを聞くのが一番よね」という経験則が、その40代の女性にはあったのではないでしょうか。実際、わたしも初めて入るお店や、地方のお店などでは、そのお店や地方の売りのものを頼むようにしています。それがわからないときには、お店の人に「おすすめはなんですか」と聞きます。

 そのときに「一概には言えませんね」とだけ答えられたら、先に進むことができなくなります。一概には言えないだろうけど「うちのおすすめはやはりこれですよ」ということを言ってもらいたいのです。

 おすすめを聞いたそのお客さんに「うちのおすすめは、この○○ラーメンです」と店員が答えれば、そのお客さんは間違いなくそれを注文したでしょう。「じゃあ、それでお願いします」と。

 この場合、その女性の質問の仕方や挙動からみて、初めてのお店でわからないからおすすめを聞いてみて、それにしたがおうという姿勢がありました。そうでない人もいるでしょう。「おすすめは、この○○ラーメンです」と答えても、その○○ラーメンが好みでなければ、お客さんは、別の××ラーメンを頼んだっていいのです。

 大事なことは「選択肢」を示したうえで、その道のプロとして専門的な意見を伝えることです。

 「○○をおすすめします」

 逆にすすめられないのであれば、こう言えばいいのです。

 「それは、おすすめできません」

 「専門的」といっても、あくまで「意見」ですから、お客さんにはしたがう義務はありません。つまり、最終的になにを選ぶかはお客さんの自由なのです。

 このように選択の自由を十分に与えながらも、その道のプロとしては「○○がいいと思いますよ」と専門的な意見を伝えられる。それが頭のいい人の答え方です。

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